時事ニュース

日本からみた「平和」

6月も今日を含めてあと2日。
とりあえず、戦争について、あともう少し考えていきたい。

平和という言葉の定義から考えてみよう。
4つの順子があって、あとは頭、で両面まち・・・。
(わからないかたは、スルーしてください)

平和という言葉の意味は、やはり戦争がない、ということではないかと思う。
逆に言えば、戦争がなければ「平和」という概念もない。
光と影のようなものである。

考えてみると、戦後の日本は「平和」であった。しかしながら、戦後生まれの日本人はあまり「平和」というものを意識してないのではないかと思う。
日本で「戦争」というものを知っている人間にはおおよそ2種類いると思う。
戦前生まれで、戦争を「体験」している人。海外に出かけて戦争を「目撃」した人。

それ以外の人は、戦争に関する知識を有しているだけである。
しかし、詳しく見ていくと、戦争を「体験」している人といっても様々である。
実際ほとんど影響を受けずに(経済的な影響は含まない)生活を送っていた人もいるだろう。

世界からの視点で見るならば、たしかに日本国は空爆を受けたものの、一部の地域を除いて外国人の直接的な侵略を受けていない。
戦争を100%体験した人は、すごく少ないといえる。

また、日本の平和は、冷戦構造、日本の高度経済成長、アメリカ軍の保護、といものに
支えられてきた。直接的に日本人が日本の平和のために何かを犠牲にしてきたわけではない。政治家がアメリカの言いなりになる、海外にやたらとお金をばら撒く、などの行為があったことは確かだが、そのことが国民に強く意識されていたとは思えない。

人類の歩んできた歴史を考えるならば、平和というのは、ハイどうぞ、といって与えられるものではないはずである。しかしながら、日本はそれをいただいた。

われわれはその価値の大きさに気付かずに生きてきた、ような気がする。

日本国憲法は、戦争放棄を謳っている。
理想としては、これはすばらしい考えであると思う。
しかし、その理想は本当ならばいくつもの犠牲の上に立つことで現実となっていくもであろう。
日本は戦争をしてこなかった、しかしながら、アメリカは戦争を繰り返してきたし、そのアメリカに対して、沈黙の肯定をしたり、あるいは積極的に賛同してきたことを忘れてはいけない。

好意的にアメリカという国家を見た場合、彼らが目指すのは世界秩序の樹立ということであろう。そして、そのためには軍力の行使もいとわない、という一貫したスタイルである。その行いが悪いとは、たかだか日本に住む一国民が断言できることではない。
(しかしながら、アメリカのとってきた行為が、彼ら自信の首を絞めていることは確かである。)
日本が、目指しているのはナンなのであろうか。

すくなくとも、「世界に平和をもたらすこと」ではない。

ごくごく好意的に見ても、日本国内の平和というところからは一歩もでないと思う。

今回のイラク派遣に関しても、世界に平和をもたらすこと、という理念に裏打ちされた行為とはとてもいえない。
私はそのことに、どうしても強い不信感を感じぜずにはいられない。

本当に重要なことは、行為そのものではないと私は思う。
その行為は、どういった意思・意図からでているのか、ということが重要である。
現在の日本がどのような行動をとっても、アメリカの顔色窺いとしてか捉えられない。
それは、この国の進んでいる方向が、まったくその通りであるからであろう。

もし、日本が自国の平和を維持しながら、世界に平和をもたらすという壮大かつ偉大な理念を持ったときに、どのような行為ができるのであろうか。
それは、今の憲法でも可能なのか。
日本人は、何を求めているのか。
世界は、日本に何を期待しているのか。
日本は世界に対してどのくらい影響力があるのか。

とりあえず、日本人が考える「戦争と平和」というものが、世界的な「戦争と平和」とは、おそらく若干ずれているであろう、ということは認識しておきたい。
そして、逆に言えば日本人にしか発言できないようなこともある、ということも同時に考えておきたいことである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です