昨日は「やる気と脳」の関係についての本を紹介しましたが、今日は「時間の脳」の関連について。そもそも時間とは一体どのような物なのか。人が感じる時間に「差」があるのはどうしてなのかを、脳の機能にポイントを置いて解説されています。
大人の時間はなぜ短いのか (集英社新書) |
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年齢を重ねるにつれ一年がとても早く過ぎてしまう。そういった感覚は多くの方が感じられていると思います。それは一体なぜなのでしょうか。
時間とは
時間には2種類あります。それは「物理的な時間」と「知覚的な時間」です。楽しい時間はあっという間に過ぎる、という表現はこの二種類の時間の差異を表現しているといっても良いでしょう。楽しいからといって物理的な時間が早く流れているわけではありません。あくまで、私たちの知覚に変化があるということです。
「知覚的な時間」は絶対的なものではない、というのが第一のポイントです。
錯覚
錯視を呼び起こす図形はよく見かけるかと思います。本書は第二章で錯視(錯覚)について解説されています。時間の話なのになぜ錯覚なのかという疑問を持たれるかも知れません。
それは、先に述べた「知覚的な時間」と関係してきます。
例えば「見る」という行為も一種の知覚です。そして人の目は現実そのものを正確に映しているわけではない、というのが錯視です。見えない物が見えたり、見えるべき物が見えなかったり、と「見る」という行為の中にはさまざまな「欠陥」が潜んでいます。
これは、「知覚」はその環境に大きく依存する、ということです。
10cmの線分が垂直と水平に引いてあれば水平に比べて垂直の方が長く見える、というのはその線の本質(10cmの長さとは無関係に、ただどっち向きに引いてあるかによって長く知覚されたり、短く知覚されたりするわけです。
このあたりから、徐々に時間との関連性も見えてきます。
つまり、人が感じる時間の長さにも「錯覚」が生じる、ということです。
例えば、「広く感じる空間」にいるときの方が「狭く感じる空間」にいるときに比べてゆっくりと時間の流れを感じる、という事があるようです。あるいは時間に注意を向ける回数が多くなればなるほど、時間を長く感じるということもあるようです。これは見つめる鍋は煮えない、というやつですね。
大人の時間はなぜ短いのか
非常に大雑把なまとめ方をすると、大人の時間が短く感じられる点は
- 一生の中に占める一年という時間の割合が小さくなる
- ルーチン的な時間の過ごし方が増え、特別行事が減り、時間の流れに注意を向ける回数が減る
- ・身体が大きくなることによって「知覚する空間が狭く」感じられ、それが時間の知覚にも変化を及ぼす
- 新陳代謝が落ちることによって「心的時計」の進む方が遅くなる
ということが理由として上げられるようです。面白いのが新陳代謝と心的時計の関連性です。同じ人でも一日の「心的時計」の進む速度は違っているようで、それが新陳代謝と関連しているらしいのです。
時間の使い方
「心的時計」の変化について知っておくことは、自分の一日のスケジュールを考える際にも有効だと思います。先ほども述べましたが、「心的時計」は新陳代謝と大いに関係しているようです。
p122
実は、身体的代謝も1日のうちで変動する。朝、7時ごろ起床したとする。起床後すぐの時間帯の代謝は低下している。やがて時間が経過するに従って代謝は激しくなり、午後2ごろにピークを迎え、そしてまた徐々に低下し、睡眠中も低下している。
これは、朝早く起きると「ゆったりと過ごせる」という事の科学的な理由と言えるかも知れません。私自身の体感でも、早朝の1時間と昼間の1時間は確かに速度が違います。
できれば、「ゆったりと過ごせる」うちにその日一番大切なタスクをこなしておきたいところです。これは「マニャーナの法則」に出てくる「ファーストタスク」とも関連するかも知れません。
均一化された時間とその弊害
本書は脳と時間の関係性を探るだけではなく、現代人が置かれている「時計病」とも言える状況の考察、そして改善への提言も含まれています。
著者は現代社会特有の3つの問題点を指摘しています。それは
・時間の厳密化
・高速化
・均質化
です。特に日本においては「厳密化」は顕著です。公共の交通機関が遅れたりすると大きな不満の原因を作り出してしまう事になります。
また「高速化」という点では、私たちは車などの乗り物によって、人間そのものでは体感できないような速度で移動することができるようになりました。しかし、普通の人間は時速80km以上で適切に知覚できるような能力を備えていません。ある種の齟齬が発生しているものを機械の力でなんとかフォローしているという状況です。
均質化という点でも日本は特異な状況です。ビニールハウスなどの設備によって季節を飛び越えて収穫ができることなどもはや当たり前。朝昼晩問わずオープンしているコンビニは現代生活では必需品とも呼べる物でしょう。そこには時間の特異点など存在せず、「物理的な時間」と同種の均一化した時間しか存在しません。
問題となってくるのは、人間がそれにどこまで適応できるのか、という事です。この本を通して語られていることは「時間の感じ方は個人特有のもの」ということです。同じ人の中でも差があるわけですから、違った人々の中には多様な時の流れが存在することになります。
そういった存在を無視して、あるいは押さえ込んで作り上げられているこの社会の構造はどこかにひずみを抱え込んでいる、という点を著者は指摘しています。その指摘は私も同意します。
まとめ
どれだけデジタル社会が進み、情報が高速でやりとりされ、世界上の会話が一瞬でやりとりできるようになったとしても、私たちの脳がそれに一気に適応することはありません。子どもの頃からそういったものに接していれば、ある程度の適応は生まれてくるかも知れません。しかし、脳の情報処理がデジタルになることは「電脳化」が現実化する社会になるまではありえません。
人間の存在を置き去りにして進む技術やそれによって作り出されるシステムは、どこか危うさを抱えています。私たちは不完全な脳で、この世界の不完全な姿を写し取っています。
そういった「不具合」を無視して、完璧なシステムを構築していけばどこかで破綻が生じると考えてしまうのは私が悲観的すぎるからでしょうか。
少なくとも過去の歴史の中で起きた痛ましい事件や事故のいくつかは、この不完全さを無視してきたことが理由であるような気がします。
ただ唯一の救いは、そういった不完全さを我々自身が知ることができる、という事です。
我々が住む社会も、そこに存在するシステムも、私たち自身の行動もその不完全さを前提にする必要があるのではないでしょうか。
参考文献:
マニャーナの法則 明日できることを今日やるな |
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当エントリーは「「新年度の始まり」に本を読んで書評を書こう!企画」への参加エントリーです。