「タスク」の研究

なぜ、綺麗なToDoリストを書く人は仕事ができないのだろうか

昨日の記事でも紹介しました、@kazumotoさんの「反逆児の仕事術」シリーズ。今回のエントリーはToDoリストについて。これはなかなか興味深い事例が含まれているように思います。

反逆児の仕事術-番外編 -「Todoリストを作る」というTodo(Find the meaning of my life.)

エントリーの要点は二つ。

・仕事をこなす人は、ToDoリストが汚い
・ToDoリストを綺麗に書いている人は、仕事があまりこなせていない。

この二つからいろいろ見えてくるものがあります。一応記事中からその「実際例」として上げられている部分を引用しておきます。

いつもテキパキと仕事をこなす、見た目も結構イケメンなRさんのTodoリストは見事なくらいに殴り書きです。でも、実行したら上から線を書いて消していて、一日分のTodoは確実に消されています。実に気持ちの良い仕事ぶりです。

一方、「君の仕事はテキパキじゃなくて、ドタバタと言うんだよ」と教えてあげたくなるくらい、ドタバタとオフィス内を走り回るヤンチャなNさんという人がいます。Nさんが集中して何やら書いている時というのは決まってTodoリストを作っている時です。Nさんの肩越しに覗いて見ると、そのTodoリストたるや「フリーハンドで明朝体って書けるんだ!?」というくらいに綺麗に丁寧に、まるで印刷されたかのようなリストを”制作”しているのです。しかし、そんな綺麗なリストを持ってドタバタ走り回っているのに、Kさんのリストは一向に消されていく様子がありません。いつもビッシリ綺麗なままです。

そこで、ちょっとNさんに聞いてみました。「そんなに綺麗に書くくらいならすぐに片付けちゃえば?」と。返答は「綺麗に書くことによって神聖な仕事に対する気持ちを高めているんだ!」というものでした。

仕事ができている人はこの際、ほっておきましょう。彼は今日も立派に仕事をこなしておられる事でしょうから。

問題はNさんです。彼はなぜ「あんまり仕事がこなせていない」のでしょうか?私が考えるにこれには二つの理由があって、しかもそれぞれがお互いに絡み合っているように思えます。

仕事の優先順位

まず、「ToDoリストを書く」というタスクは仕事の重要度は低いでしょう。もちろん仕事を始める前に書く必要はありますが、8時間のうちToDoリストを書くのに1時間使えば、実労働時間が1時間減ることになります。その様な仕事の割り振りをしているとすれば、仕事の優先順位の割り振りが間違っているといっても過言ではないでしょう。

ToDoリストを綺麗に書いてしまう人は、「目的と手段の混乱」状態に陥っているといえます。もしその人がそういった傾向をもっているならば、他の仕事もうまく片付けられない可能性があると見て良いでしょう。

まず、これが理由の一つ。

ハードルを上げる

たぶん、綺麗にリストを書いてしまう人というのは、どこかしら「完璧主義」的な臭いが感じられます。リストはかくあるべきという理想を追いかけてしまう、ということです。もちろん完璧な仕事を目指すこと自体は悪いことではないのですが、もしやる前からそういった理想を高く掲げてしまうと、仕事に取り掛かるための「精神的ハードル」はどんどん高くなります。

とりあえず原稿用紙1枚埋めてというのと、1000枚の大作を完成させなさいというのでは、やはり「取り組み始める」のにかかるエネルギーは変わってくるでしょう。実際1枚を文字で埋める時間はどちらの場合でも変わりませんが、後者は後999枚ある、という精神的先読み負担が発生します。

もし、綺麗なリストを書くことが、完璧主義の前触れだとすれば彼(彼女)がうまく仕事をこなせなくても十分理解できます。仕事に取り掛かる前から、自分でハードルを上げているわけです。

まとめ

仕事をこなす人は、ToDoリストが汚くても気にしない。それはあくまで手段であって目的ではないことを理解しているから。そういう人は「とりあえず」の精神で何事も前のめりにこなしていくことができそうです。

逆に仕事がうまくこなせないひとは、本来の目的に直接関わりない手段の細部にまでこだわる。こだわりは時間を浪費します。そして、完璧な仕事を目指すが故に、その大きさに圧倒され手を付けられなくなる。「ToDoリスト」はタスクをこなすためにあるべきはずのものが、いつの間にかタスクから遠ざかるための手段になっている、という状態に陥っているのではないでしょうか。

もともと字が綺麗な人が「仕事をこなせるようになるため」にわざわざリストを汚く書く必要はないでしょう。ただ希少な時間をどのように活用するかを考えた場合、あまりリストに時間をかけすぎるのは賢明ではないと思います。すくなくとも「神聖な仕事に対する気持ちを高め」なければ、仕事に取りかかれないようでは、いつまでたってもタスクは達成できないことでしょう。

タスクは、案外あっさりはじめるのが良いと思います。身構えずにあっさりと。

4件のコメント

  1. 仕事にもよるし、人の性格にもよる。

    お品書きをくそ丁寧に書いていた、

    道場六三郎は料理の鉄人です。

    >「神聖な仕事に対する気持ちを高め」なければ、仕事に取りかかれないようでは

    これを求めて、研修やものすごい気合の朝礼を行う人もいる。

    仕事が出来ないのではなくて、その仕事が向いていないのかもしれない。

  2. その人個人の仕事の遅さや要領の悪さの一時例を、
    「ToDoリストの話題」に置き換えてるように見えます。
    傾向分析と決め付けは区別したほうがよいのでは?

    ※もちろんBlog主がなにを書くのも自由ですし、
     私のこれもただの感想ですけれど。

  3. 効率が良い、悪いに触れられているにも拘わらず、仕事をいかに早くこなせるかという面にしか目が向けられていないようで少し残念な気がします。

    効率というのは今後の事もトータルで考えて、どれだけの仕事をこなせたかということなので、早ければ良いというものではありません。

    真面目で丁寧に仕事をこなしている方は、長いスパンで見ると非常に効率の良い仕事のやり方をしている場合もありますよ。周りはそのことに気付き難いですが。

  4. >IdeaLifeさん
    コメントありがとうございます。
    昔の記事だったので、一度読み返してみましたが、「効率が良い」という表現は記事中には一度も出てきていないように思われます。
    私は別に「効率」という尺度で何かを測っているわけではありません。
    それと、綺麗にToDoリストを書く人全てが仕事ができない、と主張しているわけでもありません。
    ただ、ある種の綺麗にToDoリストを書く人がなぜ仕事ができないと評価される(仕事をこなす量が少ない)のかを考察しただけです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です