エッセイ

雑感:「時間」をどう捉えるか

仕事を変えてから一ヶ月以上立つ訳だが、その感にいろいろな物が変わった。仕事の性質に合わせてタスク管理、情報管理、ノート・手帳の使い方、作業記録の取り方など抜本的に見直している。

いろいろなものが実験中で明確に固定されたものはほとんどない。しかし、はっきりと変質したものがある。

それが「時間の質」だ。

時間の質というよりも、時間をどのように認識するか、ということかもしれない。もちろん、ある年齢から時間は貴重なものだ、という認識は持っていた。「限りある大切な資源」というやつだ。

しかし、一応の会社勤めを止めた事でその「大切さ」というものがもっと具体的な形を帯びてきた。それは「資源」というよりも、「原材料」という感触に近い。時間をどう使うかという事がそのまま成果に結びつくという感じ。

結局のところどれだけ資料を集めても、それを読む時間を確保できなければ意味が無い。同様に、どれだけ頭の中にネタがあったとしても、書く時間を確保できなければ形にならない。形にしなければ何も得られない。これは「時給」ですらない。時給とは違って、どれだけ時間を使っても形にならないときもある。あるいは形にしたものが評価されないときだってある。

こういう状況に置かれると、今まで簡単に考えてきた、「時間」や「成果」というものをもっと根本的に捉え直す必要があることに思い至った。時間という資源を投入すれば成果が上げられる、という簡単な式は通用しない。しかし、時間は必ず必要になってくる。

だから「資源」ではなく「原材料」なのだ。資源から原材料にするには一定の加工が必要になってくる。大きさをそろえたり、角を削ったり、と一定の処置のあと「原材料」に変わる。その段階を経て始めて「製品」を生み出すもとになることができる。

1時間という時間は確保しようと思えばいくらでも確保できる。しかしそれは、10分×6セットかもしれない。朝起きた直後の1時間かもしれない。夜寝る前の1時間かもしれない。同じ60分という時間でもそれは異なった「原材料」だ。それを使って作り出せる物は違う。その違いを踏まえてタスクやスケジュールをコントロールしていく必要があるのだろう。

現状は、それを踏まえて試行錯誤の真っ最中である。

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