2-社会情報論

電書フリマとそれが描く未来

電書フリマというのをご存じだろうか。電書部が主宰しているイベントである。
電書部(DENSYOBU)

以下は主催者メッセージからの引用。

デジタルでバーチャルな電書をアナログでリアルな対面販売で楽しむ「電書フリマ」 第一回です。

試みとしては非常に面白い。

電子書籍と一般の書籍を比較した場合に出てくるメリットはいくつかある。

  • 作成のためのコストを低く抑えられる
  • 一人で&スピーディーに「本」の形まで持って行ける
  • コンテンツの「量」に制限が無い
  • 流通路が出版社や本屋を経由する必要が無い

一般的に電子書籍というものを考えた場合、全てをPCとネットで完結できるというメリットが想像されがちだ。例えばこうだ。

私:パソコンで原稿を作成
私:ネットでそれをアップ
プラットフォーム:原稿を電子書籍の形式に変換
読者:プラットフォームで本を探す
読者:私の書いた本を発見
読者:本を購入 クレジットカードなどで支払い
私:手数料をさっ引かれた「本代」が振り込まれる

私は、家から一歩も動くことなくこれらの作業を完了することができる。そして読者もだ。こういったスタイルが実現することは新たなる可能性を広げることに間違いない。しかし、これだけが「電子書籍」の魅力を活かす方法ではないだろう。その良い例が「電書フリマ」である。

誠 Biz.IDのインタビュー(前編)より

電書部「部長」である米光一成氏のインタビュー記事を引きながら、電子書籍が描く未来について考えてみたい。

電子書籍をフリマで対面販売する「電書部」が目指すものとは(前編) (1/3)(誠 Biz.ID)

米光氏 2つの方向ですごいと思ったんです。1つは、ぱっと渡せる、すぐ手渡せるすごさ。印刷所も何も通さずに自分から相手に手渡せる。もう1つは、渡したい人に向けて渡すことも可能だと。

米光氏 仲間内だからできる表現とか対話ってあると思うんですね。ある特定の疾病に苦しんでいる当事者たちの会だとか。そこでの対話はオープンなネット上にあげにくいし、Ustreamで中継しないと思うんですよ。そうじゃないほうがみんなが対話しやすい。仲間内だからできる。一定の共通認識だったり、共有できる空気感だったり。

このダイレクト感やスピーディーさというのは電子書籍と一般の書籍の大きな違いと言えるだろう。さらに、「共有できる空気内」の発言をまとめたもの、というコンテンツを生み出せる意味も大きい。

書籍であって、書籍でないもの。ブログであってブログでないもの、そういった今までになかったコンテンツを生み出す力を電子書籍は秘めていると思う。

誠 Biz.IDのインタビュー(後編)より

電子書籍をフリマで対面販売する「電書部」が目指すものとは(後編) (1/3)(誠 Biz.ID)

米光氏 著者へのリスペクトはある、というのが基本的な考え方なんです。だから、「著者へのリスペクトがある読者」が不自由になるようなことはしたくない。なので、コピー禁止をガチガチにやるんじゃなくて、メールアドレスをいれるというスタイルになりました。あなたの電書ですよ、という感じで。

電子書籍、対面販売という綴じた形だからこそ、著者へのリスペクトを確認することができる。本が売れるのは「有名だから」「売れているから」といった理由ではないはずだ。内容が面白そうだから、あるいは著者に興味があるから購入するという場合に、読者が不特定多数に公開するというのは考えにくい。もちろん無いわけではないだろうが、メールアドレスを入れておけば、ある程度不特定多数への広がりを防ぐことはできるはずだ。

米光氏 でも、対面販売を想定したデバイスがでると、すごく社会が変化すると思う。ポケモンを交換するぐらい気軽に、電書を作って、渡して、人のを読んで、ってできるとおもしろい。

表現者と消費者の距離が近づくということを以前どこかで書いたと思うが、それは二つのレイヤーが重なるという事だ。この場合は、対面販売なので物理的・心理的な距離が近づくという事と、誰でもが表現者(コンテンツ提供者)になれる可能性を秘めているという二つの意味合いがある。

電子書籍の一般化は誰しもが「有名人になるための材料」を手にしているという事を意味するわけではない。

むしろ情報の交換の一手段として電子書籍を使うことができる、という意味合いの方が社会全体へのインパクトとしては大きいのかも知れない。産業として目に見える数字にはならなくても、交換される情報の質や量が根本的に変わってくる可能性はある。

途中経過のような本として電書があってもいい。わっと作って、その電書をスタートとしてあれこれ対話して、何か作って、それでまた電書作って。その成果として最終的に紙の本を出すというのでもいい。電書って、何かのスタートのきっかけにできる、プロセスとして出せる。簡単だし、経費かからないし、すぐ出せるから。経費かかるし、手間もかかるし、すぐ出すには適さない紙の本はもっとしっかり作って、あるひとつの結論を提示するものになっていくんじゃないかなーと思います。

このあたりは私がブログで指向している事とほとんど同一である。

ブログを使って情報を積み上げていく作業は有意義なものではあると個人的には考えている。今ではブログを持つことの敷居もかなり低い。しかし、誰しもがそれをできるというわけではない。またコンテンツ取扱いの難しさもある。

私みたいにジャンルを限定せずに書いているブログよりも、限定しブログを特化させているブログの方が数は多いだろう。そういった特化型のブログの場合、対象のカテゴリ以外のコンテンツを拾い上げ、他の人と共有し、育てていく作業はやりにくい。おもしろそうな情報がある度に、いちいちブログを立ち上げるのも面倒だ。案外ブログというのは小回りがきかない物なのだ。

電書部が描く未来は、もっとフレキシブルかつスピーディーかつダイレクトにコンテンツ・レゴ・ブロックが組み上げられていく社会なのだろう。それはそれで興味がある。私自身は多くの方がブログを運営している社会を望んでいる。情報交換が行われ、意見の交流があり、コンテンツの共創がある、そういった社会。

しかし、電子書籍の普及が進めば、別にブログの形にこだわる必要も無くなるだろう。

米光氏 うん。「自主映画テクニカ」みたいなものは電書で、上映会場で売ってるほうがいい感じがするでしょ。求める人のところに求めるものがあるという。その感じは、作り手側にも影響を与える。

電子書籍という形によって、ニーズのある場所に、即座にコンテンツを出せるという形を作ることもできる。ウェブクリエーターが集まる場所で販売される電子書籍では、入門の知識など一切省略して作業工程を説明したり、テクニックを解説したりする形が取れる。

今まで自分がブログでアップしてきた物を切り貼りして、電子書籍にして販売し、複数人の同一のコンセプトの物をまとめ、編集し、普通の本にするという形の試行もできそうだ。

結局の所、電子書籍が普及する世界というのはどんなものだろうか。正確な言葉で描写することはできないが、私が抱く感想はシンプルなものだ。

「おもしろそう」

まとめ

電書が一般化したときにもたらされるものは

  • 著者が書きたいように書くことができる
  • 名刺のようにスピーディーかつダイレクトに交換できる
  • 誰しもが読者であるとともに著者にもなれる
  • 途中経過のコンテンツを複数人で育てることができる

といったことだ。これは情報の流通を根本から変える可能性がある。

また、電書フリマが持つメリットは以下のようなものだ。

  • 著者と読者がダイレクトに結びつく
  • お金のやりとりが簡単
  • データのやりとりはメールとネットがあればOK

こういった場で行われているのも、セルフブランディングだと言えるだろう。それはマッチョなものではないかわりに、親密で暖かさが込められたものになる。ソーシャルコミュニティーはネット上の交流だけではなく、こういった場からも形成されていくことが考えられる。どのような質や規模のコミュニティーを目指すのかによって、ブランディングの手法というのも選択していく必要があるのだろう。

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編集後記:
7月17日に渋谷で開催される予定の電書フリマなんですが、調べていたら京都でも開催されるとのこと。しかし、その日はのっぴきならない予定が入っているので参加はできそうにありません。残念・・・。

電書フリマ(ゲームプランナーを目指す大学生のブログ)

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