物書き生活と道具箱

楽しさと個性、あるいは「ほぼ日手帳」と生きる事

日本社会ではここ最近まで「楽しい」をあまりにもないがしろにされてきたのではないだろうか、ということを「ほぼ日手帳2011発表会@京都ロフト」に行ったときに感じた。

ほぼ日手帳をご存じのない方は以下のリンクを。
ほぼ日手帳

「ほぼ日手帳2011発表会@京都ロフト」については
ほぼ日手帳 2011 発表会
のリンクの下の方にユーストの録画があるのでそちらを参考に。私は直接会場に行ったので、会場を見渡すような映像があれば私が移ってるかも知れません。
※ちなみに怖くて自分では確認していません。

「楽しさ」の不当な扱い

高度経済成長を遂げていた日本では、「楽しい」や「楽しむ」という事が一段低い感情として扱われていたのではないか、そんな風に思う。愛社精神・会社に骨を埋めるといった言葉、それらの内側に込められた感情は「苦労する」「努力する」ということだろう。それが周囲からの評価に結びついていたような気がする。私はそういったマインドが悪いとは思わない。ただし、そこから「楽しさ」を排除するような考えが出てくるのはいただけない。

例えばここで、「楽しい」心理的状態にある人間は、作業効率が上がるみたいな記事を引用するのが話の説得力の点ではよいのかもしれない。が、私が言いたいのはそういうことではない。「ほぼ日手帳」は作業効率を最大化する手帳ではないと思うが、いまでは35万人のユーザーからの支持を得ている。一体何が理由なのか。

それは、今までの社会が「楽しさ」というものを抑圧してた反動にあるのではないかと思う。人間は「楽しい」とき、とびっきり行動的になる。私がいちいち実例を挙げるまでもないだろう。しかし日本社会__特にビジネス関係において__では「楽しい」というのはあまり評価されてこなかった。むしろ言葉は悪いが、楽しそうに仕事をしているヤツはバカ、みたいな風潮もあったのではないかと思う。

そのこと自体を非難するつもりはない。楽しくない仕事をしている人間からしてみれば、楽しく仕事をしている人間の存在は異質だ。それを認めてしまえば自分の世界が揺るぎかねない事態になる。だから、とりあえず否定しておく。よくある心理的な動きだ。

やりたくもない、楽しくもない仕事をしている人にとって楽しく仕事をしている人は、遊んでいるように見えるかも知れない。圧倒的に多くの人間がやりたくもない仕事をしている中で「楽しく仕事をしている人」は異教徒のような存在だ。

でも、なんとなくその雰囲気が変わりつつあるように思う。特に旧来の社会の文脈の外にいた人、つまり女性や若い人にとって「楽しさ」は重要な要素になっていると思う。

個性の逃げ場

発表会の中で糸井さんも近しい事をおっしゃっていたが、「楽しい」という感情はどこまで行っても個人的なものだ。あるいは人間的なものだ。ロボットは(おそらく)楽しいという感情を持たない。そして何を楽しいと思うかは人それぞれ違う。つまり、「楽しさ」というのは人間の個性に結びつくものなのだ。

そうであるからこそ、旧来の日本社会的会社では「楽しさ」は忌み嫌われる。その社会では個性がエア・クッションのようにぷちぷちと潰されていくのだ。たぶん今でも似たような事は行われているのだろう。

そういった個性の駆け込み寺が求められているのではないか、そんな気がする。そしてその一つがほぼ日手帳ではないのだろうか、と。

変化が起こりつつある

「楽しい」という気持ちはとっても大切なものだ。行動のエネルギー源にもなるし、個性を発揮する場所でもある。

今までは「楽しさ」を受け止めてくれる道具があまりなかったのかもしれない。「型」にはめすぎたり、指示を出しすぎたり、均一化されすぎたり、といった道具はたくさんある。それはその方が効率がよいからだ。でも、世の中そればかりになってしまうのはつまらないと私は思う。

ある部分ではそういう効率性を追い求めながらも、残りの部分では「楽しさ」を受け止めてくれる道具があれば良いと思う。そういった道具はほぼ日手帳だけではないだろう。見渡せばそういう道具やツールは少しずつではあるが、生まれてきている。そして徐々に拡がってきている。

楽しく生きるということ

私自身「なぜほぼ日手帳を使っているのですか?」と聞かれると明確な答えがでてこない。もちろん答えを準備することはできる。一日一ページ、書き心地の良さ、バタフライストッパーって便利などなど。でも、なんだか違う気がする。それで説明できている気がしない。それはもっと感覚的なものだ。ある種の言葉に落とし込んでしまえば、失われてしまう、あるいは形が変わってしまう類のものだ。

結局の所、言葉で表現できる事など限られている。それも非常に限られている。「楽しい」という気持ちも同様だ。それをある種の側面で切り取って提示することはできる。でも、結局の所それは控えめに言って「近似値」でしかない。

だから、楽しそうに生きていない人に向かって「楽しく生きましょう」とか「楽しく生きればこんなメリットが」という風に説いてもあんまり意味がないと思う。何か出来ることがあるとすれば、自分のできる限りで、楽しく生きていくことだけだろうと思う。ある種の物語を語るみたいに。

こんな一冊も:

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