7-本の紹介

レビュー 映画「ノルウェイの森」(トラン・アン・ユン)

大晦日にいそいそと映画館まで出向いて「ノルウェイの森」を観てきた。空いた時間がそこしか無かったし、おそらく「ちょっと見ようかな」と思ったタイミングで見ておかないとこのままずっと見ないだろうな、という予感があったからだ。

時期が時期だけに、場内は結構空いていた。まあ、わざわざ大晦日に映画見に来る人もそう多くはあるまい。しかしながら、あまり映画館まで映画を見に来るという事がないので、そもそもこれが日常的風景とどのくらい離れているのかは判断しようがない。

判断しようがない、といえばこの映画への評価もそうだ。映画マニアというほどではないが、そこそこ映画は見ている。しかし、この「トラン・アン・ユン」監督の作品は他に見たことはない。さらに言えば他の村上春樹作品を原作とした映画も見たことがない。「トニー滝谷」あたりはずっと気になってはいるが、「気になっているリスト」に入りっぱなしである。比較する対象が無い以上、単なる感想以上のものは書けそうにもないが、まあとりあえず書いておくことにする。

原作「ノルウェイの森」

1987年に発売された「ノルウェイの森」は私の中でそう特別な作品ではない。もちろんそれは「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」とか「ねじまき鳥クロニクル」に比べて特別ではない、というだけだ。むろん、これらの作品を含めて何度も読んでいる。そういう意味では思い入れ、みたいなものは多分にある。

読んだのはおそらく高校生の頃。「車輪の下」や「魔の山」といった作品への接点を作ったのも「ノルウェイの森」だ。多感な時期にこういった本を読んでしまったのが、私がいまこのあたりをうろちょろしている理由なのだろうと、おぼろげに推測している。

思い入れのある作品だからこそ、「見てみたい」と「がっかりしたくない」という二つの相反する気持ちを抱くことになった。1800円とか133分という時間はまだサンクコストとして割り切れる。しかし「がっかりした気持ち」というのは海面に浮かぶ原油のように心の中に漂ってしまう。

ともあれ、結局は観たわけだ。好奇心の勝利。で、結果はどうだったかというと。

率直な感想

正直な感想は「ふ〜ん」だ。

上下巻の小説を2時間ちょいに詰め込めるわけもないので、当然いろいろな物がはしょられ、配置換えされ、いびつな形に歪められる。「映画化」においては避けられないものだろう。監督は、原作を一度ばらばらに分解して、それぞれのパーツを使いながら映画を組み立てる。ぱっと見の印象が変わってしまうのは仕方がない。

おそらく作品の中心的なテーマは「愛する」という事、この理不尽さであろう。登場人物はいろいろな形で「愛する」という行為に向かい合う。誰しもそんなものとは向かい合いたいとは考えていない。穏やかに流れる日々を望んでいる。でも、運命という事務的な装置は人を混乱の渦の中にたたき込んでいく。

そういう物語のコアになる部分はうまく再現できていたように思う。が、それだけだ。村上春樹アディクトの人が見ると、どこか物足りない気がするに違いない、と思う。あるいは表現しすぎ、と感じるかもしれない。

以下は多少ネタバレ要素を含むのでご注意。

ちょっとした違和感

違和感を感じたところはたくさんある。大半は些細なものだ。

例えば、渡辺(僕)の声。よくマンガがアニメ化するときに自分の頭の中で抱いていた声のイメージとの際に戸惑うことがあるが、それと同じような違和感があった。付け加えればしゃべり方のイメージも違う。

あと、主人公が他の人から呼ばれる「渡辺君」という響きも気になった。映画を見るまで、「僕」の名字が「渡辺」である事すら忘れていた。

というか原作では「ワタナベ」である。このカタカナによるフラットな表記は、「まあ、別の何かでも本当は全然かまわないんだけど、とりあえずワタナベで」という印象が感じられる。自分の名字があくまで記号的なもの、代用可能的なものという感覚を通して自分自身が世界の中で記号的なやくわり・・・とその辺はまあいいや。とりあえず登場人物の台詞回しにも気になる点は多かった、ということ。

あと、ディティールが古くさいのも妙に気になった。もちろん、「ノルウェイの森」は大学の中で学生運動が行われているような世代の日本だ。その頃のディティールを再現しようとして古いアイテムが劇中にちりばめられている。服装などもいかにも「その時代っぽい」。しかしながら、原作にそのようなディティールが描写されているわけではない。そういう時代的な事はまあどうでもいいわけだ。しかし映画となるとそうはいかない。

はちまきを巻いて、大学内を更新し、ギリシャ悲劇について講義する教授(そういえばダーリンでしたね)に「これから討論の時間を設けたいので授業を中止してください」と言っている学生が、2010年のファッションをしているのはさすがにおかしい。

とても個人的で致命的な違和感

そういった細かい違和感は全て「映画だから仕方ない」と割り切れる。が、どうしても納得できない描写があった。

それは「僕」が直子と2年ぶりに再会するシーンだ。映画では公園らしき場所で読書をする僕が直子の姿を見かけ声を掛ける、というシチュエーションになっている。しかし、原作では電車に乗っている「僕」が突然直子に声を掛けられる、というのが再会のシーンだ。

この作品において、「僕」は基本的に何かに「巻き込ま」れている。ほとんど主体的に何も選択せず、状況に巻き込まれ、それに対応する。もちろん本当はそうじゃない。「僕」が何も選択していないというは良心的に言って、嘘だ。しかし、作品の視点自体は「僕」が状況に押し流される事で進んでいく。だからこそ「僕」は最後のシーンで自分が今どこにいるかわからない状況からスタートすることになるのだ。

そういう意味で、「僕」の方から直子に声を掛けるという場面には個人的な違和感をぬぐいきれない。でもまあ、それは映画全体からみたら、あるいは他の人にとってみたらどうでもいいことなのかもしれない。誰もそんなことをいちいち気にしながら映画などみないのかもしれない。

さいごに

原作からの差異という点を除けば、映画としてはなかなかの完成度だったのではないか、と思う。個人的に永沢役の玉山鉄二さんはぴたりとはまっていたと思う。

まあ、一つだけアドバイスがあるとすれば、「恋愛小説」が原作だからといって、つきあい始めた彼女とは観に行かない方がよいだろう、という事だ。バケツ三杯分ぐらいのそういうシーンがあるから。

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