7-本の紹介

書評 『人生を無理なくかえていく「シフト」の法則』(ピーター・アーネル)

パワフルな一冊。本書から受ける印象を言葉にするとこんな感じになる。

人生を無理なく変えていく「シフト」の法則 (ハヤカワ新書juice)
人生を無理なく変えていく「シフト」の法則 (ハヤカワ新書juice) ピーター・アーネル 裏地良子

早川書房 2010-11-26
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第一感では、タイトルが意味することがあまりつかめなかった。
『人生を無理なくかえていく「シフト」の法則』がタイトルで、副題が「世界的デザイナーが明かす自分ブランドの磨き方」である。

前者は自己啓発的な要素を感じるし、後者はセルフブランディング的なにおいがする。この二つはどのように結びつくのだろうか。帯には「一流ブランドを育てる手法で-110kg!?」という謳い文句。若干煽りすぎな気もしないではないが、掲示されている写真はまるで「別人」だ。この写真だけで興味が湧く人も多いだろう。

after/before
after/before

本書は自己改革とブランディングの手法の結びつきについて書かれた本だ。あるいはブランディング的手法を用いて自分を変える事と言い換えてもよいだろう。この二つはある意味で同じ事なのだ。

ブランディングとは

著者はブランディングについて以下のように書いている。

ブランディングが最終的に目指すのは、製品やサービスをクローズアップし、人々にその存在、そして目的なり意図なりを知らしめることだ。

ブランディング活動はマーケティングとは違う。重なる部分はあるにせよ、同じ物ではない。ブランディングは人々にある種の印象をもたらす。ある製品やサービスの知名度を上げ、それがどのような目的を持っているのか、理念が込められているのかを知ってもらう。その結果として消費行動が起こるわけだが、それはあくまで結果としてである。

あくまでブランディングの目的はイメージであり印象だ。ある人々がその製品やサービスについてどのような印象を抱いているのか、が本質である。ブランディングが機能しているならば、似た製品が並んでいても人々はブランドイメージが心の中に出来ている方を選ぶ。価格が同じであっても、多少高くてもそのように選択する。

私たちは「経済人」ではない。分厚いバイアスレンズのメガネで世界を見つめている普通の人だ。つまりは、良い印象を持たれる、あるいは好きになってもらえる事は性能や価格で競争するフィールド(おそらくとても狭い)から抜け出すための方法になり得るのだ。

ではブランディングするために何をしてもいいのか、というとそうではない。アーネルは次のように書いている。

製品をブランド化する時には、一般的によく知られている物を、誰も見たことがない角度から見せるべきだと私は思っている。

うまい人の似顔絵というのは、特徴を捉え、長所を強調し、短所を目立たなくする。ブランド化する際も同様ということだ。嘘をついてはいけない。ただ、「あぁ、そういう見方もあるんだな」という切り口を提供するだけだ。

製品自体を誇大広告するのではなく、別の見方を提示することで人々の印象を変えるというのがアーネル式のブランディングである。

自分を変えるとはどういう事なのか

先日「わりに身も蓋もないこと」というエントリーで「何がどう変われば、自分が変わった事になるのか」について考えてみることをすすめてみた。

私はこの問題が軽く扱われすぎているような気がしている。「自分を変える」という言葉を使っている人でも、その言葉が何を意味するのかについては真剣に考えていないのではないだろうか。

「行動を変えること」なのか「考え方を変えること」なのか「環境を変えること」なのか、それとも「在り方を変えること」なのか。

一体何が変われば自分が変わったことになるのだろうか。

少し思考実験をしてみよう。

神様ダイエット

体重が100kgを超える一人の男性がいるとする。運動不足、間食が多い、と日常的に太りやすい生活をしていた。彼は心の中で「やせたいな」とおぼろげに考えていた。

ある日心の優しい神様が、彼が寝ている間にその体重を-40kgしてくれた。何せ神様だ。皮膚がずるずると伸びるような跡もない。60kgになってうきうきの彼はいったいどうなるだろうか。

食生活や生活習慣が変わらなければ、時間を経てまた同じ体重に戻るだろう。

体重を減らす、というのとスリムな体型を維持する、というのはまったく別の事だ。

神様ダイエット2

先ほどと同じ状況。

うきうきの彼は毎日体重を計って「俺、やせてる!」の感激を味わうことにした。
すると食事量の多かった日には体重が増え、運動量の多かった日には多少減る、という至極当たり前の発見をする。

今の体重をできるだけ維持したいので、なるべくプラス方向に動かさないように食生活や生活習慣を変えていく。周りの人も彼のことを「痩せキャラ」扱いし始める。わりに人気者である。ダイエットについて心がけていることを尋ねられれば、彼は陽気に日常生活でのコツを語る。毎日続けたり、そうして人に話していく中で、「そうすることが当たり前」のように感じ始める。

時間が経っても、彼の体重は-40kg前後をうろちょろとしている。

イメージがもたらす力

上にあげたのは、あくまで極端な思考実験である。そんな心優しい神様はどこにもいない。ただし「自分を変える」というのがどういう事なのかというヒントは眠っていそうだ。

アーネルは、自分の体重を減らせたことについて、

私はたった一つ、自分が何を食べるかを変えていただけであって、自分のあり方すべてを変えたのではなかった。

と書いている。つまり、「別人」になる事を願ったわけではないということだ。さらに彼の言葉を引けば、

今までどおりだけれど、少し改善されたバージョンのあなたというブランドを、未来の自分としてイメージしてみてほしい。

基本的に自分は自分であるけれども、少しだけ違う状態__バージョンアップされた自分をイメージするという事だ。そしてこの部分でブランディングが影響してくる。

アーネルは体重を減らす前に、自らの将来を想像している。100kgをオーバーする体重では自分の家族とあえる機会はどんどん減少してしまうだろう、と。もし、体重をひとなみに減らすことができれば、より家族を大切にすることができる。そういう「将来の自分」の姿は、「今の自分」に明るいイメージを与える。もっと言えば、行動を起こすためのエネルギーを与える。その将来の姿は「別人」ではない。あくまで「あぁ、そういう見方もあるんだな」という別の切り口にすぎない。これはブランディング的手法だ。

もし「神様ダイエット」が夜寝ている間に見た夢だったらどうだろうか。朝起きたら鮮明なイメージとして脳内に焼き付くような夢。60kgになった自分の夢を見て、両方ともダイエットを始めるかもしれない。しかし、前者の彼は漠然と「体重を減らしたい」としか考えて居ない。後者の彼は「痩せた自分のイメージ」とそれによって得られるうきうきした気分も一緒に想像できている。

つまり、スタートは自分が自分に抱いているイメージを変えることなのだ。消費者が好みの製品に引きつけられるように、好ましい自分の姿がブランドとして機能し、今の私の行動に影響を与える。

またそのブランドは周りの人にも影響を与える。変化したい自分の好ましい姿を他の人と共有することで、そのブランドはさらに強固になっていく。人間の行動というのは自らの行動基準と周りの視線という二つによって決定されている。どちらか、ではなくどちらにも影響を受け、それぞれが綱引きをする中で人は行動を決定する。

こうなりたいというイメージを他の人と共有できれば、自分自身の行動水準だけではなく、他人からの視線も変化することになる。これがもたらすものは、応援や援助の手がさしのべられるだけではなく、自分にとってのブランドがより強いものになっていくということだ。それはある意味では「使命」に近いものになるかもしれない。

ブランドと希望

このようなバージョンアップの自分イメージを持つことは重要だ。

しかし、その前にどうしても必要な事がある。それは「現状を正しく認識すること」。バージョンアップするということは、何かしらの機能が足りていないあるいは不具合がある、ということだろう。そこを認識しなければバージョンアップの必要性を感じることはできない。

『希望のつくり方』という本の中で玄田有史氏は希望と変化の関係性について書かれている。

だとすれば、希望を持つためには、きびしい現実から目を背けないことが、まず重要になってきます。過去から現在まで続いている挫折や試練を正面から受け止めることで、その状況を変えるんだという思いは、生まれます。

この「希望」というのが、ブランドとして機能する将来の自分のイメージとイコールの関係になるのだろう。

簡単に言えば、

たばこなんていつでもやめられると考えている人は、いつまでたっても禁煙できない。

ということだ。

たばこをやめるのは難しい。でも禁煙したい。このギャップの中から行動のためのエネルギーが湧いてくる。もちろん、「禁煙できるかもしれない」「禁煙したらこんな良いことがある」というイメージを伴う事も重要だ。

つまり、将来の自分のイメージだけではなく、今の自分に対するイメージも時に変える必要があるということだ。

さいごに

本書から感じるパワフルさというのは、著者のパッションが大きく影響しているのだと思う。ブランディングというのはイメージであり印象だ、ということは前述した。その行き着く先は「感情を揺さぶる」という事である。

そのブランディング活動の第一線で活躍している著者だから、読者が心を揺さぶられるのは至極当然なのかもしれない。自分で大きく人生を動かしてきた経験を、他の人にも是非伝えたいという、伝道者のような雰囲気すら感じられる一冊である。

本書は自己改革のテクニックではなく、もっと根本的な部分に入り込んだ内容になっている。表面的なテクニックでいえば、自己改革とブランディングの要素は一言でまとめられる。

なりたい自分になり、他者がそのように見てくれるように圧倒すること。

ただし、こうするためには「そうしなければならない」という根源的なエネルギーが必要なのは重ねて言うまでもない。
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