物書き生活と道具箱

「わからないを広げる」

Blogを書き出す前に、アナログのネタ出しをする事がある。使う紙はその時によっていろいろだ。A4サイズのコピー用紙を使うこともあれば、B5ルーズリーフを使う事もある。B5のルーズリーフの場合でも横に置いて使う。もちろん、これには理由がある。

はじめから終わりまでデジタルで進められる人というのは、なかなかすごいと思う。私も簡単な記事であればデジタルダッシュで書けるが、込み入った記事になるとどうしてもアナログの力を借りないわけにはいかない。

一体どんな事を書き出しているのかというと、本当に脈絡がない材料メモだ。これは章立てや見出し案ではない。単にその記事に関連して書くべき何かを頭の中から探り出すという行為だ。ブログのタイトル案すら書き込まれていない事もある。こういう行為を私は「わからないを広げる」と呼んでいる。

そもそも「わかる」とは?

「わかる」という現象については、山鳥重氏の『「わかる」とはどういうことか』という本が面白い。「わかる」は漢字を当てると「分かる」になる。つまり世界をある基準で分けることが「わかる」という事だ。

いままで整理のつかなかったものがある見方で整理されたわけです。

これが「わかっている」状態だ。何らかの名前、公式、フレームワーク、といった「わかった状態」に導いてくれるものはたくさんある。それはそれで便利な事だ。メソッドを使えば手軽に「わかる」ようになれるだろう。

問題は、私は「わかる」事をBlogに書いているわけではない、という点だ。むしろ自分が「わからない」事をすこしでも理解しようと思って文章化している。言い換えれば「わからない」というもやもやがブログを書く原動力になっている。書き始める段階で結論が見えていないことも多い。そういう楽しみがあるからこそ、私はこうしてほぼ毎日Blogを書き続けていられるわけだ。

もちろん、書く前には一定の材料が胸の内にあることは確かだ。しかし、そのどれが重要で、どれが従属関係になっており、何が全然関係ないのか、というのはわかっていない。そして、その整理は私の脆い短期メモリの中で処理できるものではない。

だから、私は紙の上に頭の中の材料をとりあえず書き出す。優先順位やカテゴリー分けや見出し案などまったく無視して、自分の「わからない」状態を紙の上に広げていくわけだ。

空白をつくる

書き出していく中で、対比構造が見つかったり、あるいは因果関係が見えてきたり、自分なりのアイデアを付け加える事ができたりする。

これが、紙を横に使う理由だ。

最初はざっくりと材料を書き出していく。

A
B
C

という感じだ。Cを書き出している内に、自分の考えがそこで発展したとしよう。すると、

A
B
C
 C’

となる。Cによって展開したアイデアだからインデントしてある。これはこれで良いだろう。ではCまで書いた時点でAと対比になるαというアイデアを思いついたらどうするか。

A
B
C
α

とするのは、少々ヘンだ。

A ←→ α
B
C

と書くのがよいだろう。もちろん縦書きだって同じ事はできる。が、紙を横にしておくとこの「空白」の部分がより大きく確保できる。

文章というのは、上から下というような一本の流れで進んでいくものだ。しかし自分の思考だとかアイデアとアイデアの関係性というのはストレートではない。脇道があったり、別の流れが生まれたり、何かと何かがくっついたり、全然別のものが生まれたりする。横の「空白」はそれを確保するためのスペースだ。まかりまちがってもそれを「排除」してはいけない。

新しいアイデアは、自分の頭でストレートに書き出せる「ABC」という流れにはない。むしろAとαと対峙させることで「αβθ」という流れを生み出すというのがアイデアである。

「紙」以外では?

これと同じ事は紙以外でもできるだろうか。やってやれなくはない、というのが私の印象だ。iPadとペンに優秀なアプリがあればできる可能性はある。が、現状は厳しい。画面が小さいのだ。

こういうメモの書き出しは、小さい字でちまちまと、とはいかない。ざっくりとした文字で大胆に書いていく必要がある。すると、yPadぐらいの画面だと「やや小さく」なってしまう。もちろん、紙とちがってデジタル画面はいくらでも「画面外」にスペースがある。がそれではあまり意味はない。

材料メモに限ったことではないが、こういうのは「一覧」できるのがベストなのだ。一目で全体が確認できないと書き出している効果は薄い。同じ事を立花隆氏が『「知」のソフトウェア』の中でも指摘されている。

私はアナログ至上主義者ではないので、この辺の問題をすっきり解決してくれるガジェットがあれば大喜びで使うだろう。もちろんコストがかからない、というのが大前提だが。

さいごに

「考えるために書く」というのが、私のやり方である。もちろん全ての記事がそうというわけではない。が、大部分が思考の過程の一部として「書く」ことをしている。だから、事前に見出し案を作ることもできない。なにせ何が重要なのかが分かっていないのだから。

「紙」に書き出すのは、分類や線引きをしない「わからない」材料群だ。それをどんどんと書き広げていく。その後で、優先順位を付け、因果関係を見極め、上から下への文章の流れへと置き換える。

いろいろな文章の書き方を試してきたが、Blogの記事を書くのはこれが一番やりやすい。もちろんその効果はBlogのスタイルによってまちまちだろう。あくまでこのR-styleならでは、という部分が多く含まれている。

とりあえず、こうして自分のやり方を書き出してみて、「材料メモ」のやり方をもう少し整理・体系化して、名前でも付ければ立派なメソッドとして通用するかもね、という気もしないではない。

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