欠落に意味を見い出す あるいは「一日」の確保

佐々木さんが誰から聞いたのかはわかりませんが、私はよくこういうことを言っているのでたぶん私ではないかと思います。


毎日記録を付けようとしていても、当然抜ける日はある。
ある程度続けていた記録が突然途絶えたりもする。

もちろん、「理想的な自分」の在り方からトップダウンに考えるとそういうのは拒否したくなる。でも、「現実の自分」からボトムアップしていけば、そういうのも別に悪くないと思える。

私のほぼ日手帳カズンには、ほとんど書いていないページとか限りなく白紙に近いページもある。でも、その「白紙」であることには何かしらの情報がある。それは確かだ。その情報は、空白のままでは意味を成さない。

空白が情報を持ちうるのは、後で振り返ったときだ。3日ほど書いていないページがあったとする。それを後から見返すと、「あぁ〜この日は締め切りギリギリの原稿をひたすら書いていて、手帳を書くどころではなかったな」なんて思い出すかもしれない。思い出さないかもしれない。

ただ、そこに「原稿が忙しすぎて手帳を書く暇すらない」と書かれてしまうと、何かが失われてしまう。言葉にして定着化してしまうと、損なってしまう情報というのは確かにあるのだ。そして「現実の自分」についての情報はそういった性質を持ったものも含まれている。(あなたは言葉だけで表せる存在だろうか?)

一つ言えることがあるとすれば、「欠落」を解釈し、そこに意味を見いだせるというのは、「人間らしさ」だろう。すくなくともコンピューターはその「欠落」を解釈したりはしない。

もう一つだけ付け加えると、手帳に書き込もうが、そうする暇が無かろうが、自分にとっての一日というのは確かに存在したのだ。時系列で書きたいときだけ書いていくタイプの手帳は、書かない日の存在は消失してしまう。あたかもそんな一日が無かったかのように。

でも、それは存在したのだ。手帳を書くことができなかったという理想の現実にはほど遠い自分と直面することになっても、その一日がなかったことになってしまうよりは遙かに良いと思う。すくなくとも、私にとっては、ということだが。

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3 thoughts on “欠落に意味を見い出す あるいは「一日」の確保”

  1. 「空白のページにも意味がある」ということに気付くことができてうれしいです。ブログでこちらの記事を紹介させていただきました!

  2. >akokinokoさん
    ご紹介ありがとうございます!空白だってそれなりに意味があると考えられれば、手帳と気楽につきあえるかなと思います。

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