ボードゲーム

「ねぇ、きみ。ちょっとボードゲームで遊ぼうじゃないか」
「なんだ、突然だね。まあ、いいよ。これは面白いのかい」
「やってみればわかるさ」
そういって、彼は盤を広げ、スタートラインと思われるところに二つのコマを置いた。オタマジャクシみたいな形をしたコマは、それぞれ青と黒。彼の好きな色から考えると僕のコマは青で間違いないだろう。
じゃあ、はじめるよ、そう言って彼はサイコロを振った。
6。
「イチ、ニィ、サン、シィー、ゴ−、ロク」
一つ一つ、数をかぞえながら、彼はコマを前に進める。止まったマスには次のような指示が書いてあった。”10億円をあなたの資産に加える”。
「なかなかインフレなゲームだね」
「まあ、ゲームなんて多かれ少なかれインフレなもんさ。この宇宙みたいにね」
笑いながら彼は続ける。
「もう一点付け加えると、僕はとてもサイコロを振るのが得意なんだ。別にいかさまをしてるわけじゃないけれど、だいたい5とか6がよく出るんだ」
そういうのをいかさまって言うんだぜ、というセリフは僕の心の中にしまっておいた。確かに彼はそういうヤツだ。
「さぁ、君のターンだよ。思う存分サイコロを振りたまえ」
うやうやしく彼からサイコロを受け取ると、僕は盤上のコマにぶつからないようにそっとサイコロを転がした。
1。
数えるまでもなく、僕はコマを前に1マスだけ進める。
“3ターンの間サイコロー1個”
「サイコロの数をマイナスするってどういうことだよ」
僕は、至極もっともな疑問を投げかける。
「おっと、説明が遅れたね。このゲームでは自分がサイコロを振る前に、一定の金額を支払うことで、振るサイコロの数を増やすことができるんだ」
やれやれ。市場主義の弊害がボードゲームにも登場している。
「一定の金額はいくらになるんだい」
「それは、進行状況によって変わってくる。序盤なら100万、中盤なら1000万、後半なら1億だ。どうだい、なかなか戦略性に富むルールじゃないか」
「で、スタートの所持金は?」
彼は静かに僕の所持金シートを指さした。そこには300万、と書かれている。
「つまりこういうことだね。スタートの時点で1を出した人間は、3ターン休みを選ぶか、それとも所持金をゼロにしてその休みを「買う」かの選択を迫られる」
「その中間の選択もありえるよ。例えば2ターンだけ「買って」、1ターンは休む、とかね」
「組み合わせの話は、数学の時間だけにしておきたいな」
「人生において数学から逃げられる時間なんて、瞬きほどの隙間しかないよ。で、どうするんだい。3ターン休むかい?」
「もちろん、そうするさ。所持金無しでは何もできないだろう」
彼は微笑みながら、軽く頷いた。満足している時にみせるいつものやつだ。

3ターンの間、彼がサイコロを振って、その資産を増やしていくのを僕はじっと眺めていた。面白いように彼はマイナスのマスを避け、プラスのマスだけを踏んでいく。ピアノの自動演奏を見ているみたいに危うさをまったく感じさせない。
ようやく僕のターンだ。サイコロをこちらに渡す前に彼が問い掛けてきた。
「どうだい、もうかなり差が付いてしまっている。このまま行けばゲームの勝敗は目に見えている。それは君も同意してくれるだろう」
「あぁ」
「幸いなことに、僕はサイコロを振るのがとても得意だから、君のターンのサイコロも僕が振ってあげようじゃないか。そうすれば万に一つの勝ち目も出るかもしれない」
彼はじっと僕の目を見つめている。
「それは、君が自分の分のサイコロも振って、僕の分のサイコロも振るってことかい。そして君が振ったサイコロの数字に従って、僕がコマを進めて行くってことになるのかい?」
彼は微笑みながら、軽く頷いた。
「せっかくの提案だけども、丁重にお断りさせてもらうよ。確かにそうすればこのゲームにも多少なりとも勝ち目が見えてくるかもしれない。でも、それはもう僕のゲームじゃない。たとえどんな結果が待っていようとも、負けが100%見えていても、僕は自分でサイコロを振りたい。それがゲームってもんだろう」
「でも、どちらにせよサイコロが出た数字に従って進んでいくことは変わりないじゃないか」
彼は、自分の提案が断られたことに不満を感じているらしい。彼は100%の善意でこの提案を申し出ているのだ。
「確かに、その部分は変わらない。でも、自分でサイコロを振るかどうかってことが重要なんだ。結果なんてそのおまけにしか過ぎないよ」
しばしの沈黙。お互いの理解が届かないであろうことを理解するための時間。
結局、彼は何も言わず僕にサイコロを渡してくれた。
また出る目は1だろうな、と考えながら僕はそっとそのサイコロを転がした。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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