物書き生活と道具箱

頑ななまでにメモ帳を持ち歩く理由について

日常的に使っているものを「実験的」に変えてみる、ということをたまにする。

対象は道具の時もあれば、方法の時もある。例えば、日常的に横罫のノートを使っているならば方眼にしてみるとか、電車で移動しているならバスを使うとか、アプリをほとんど買わない習慣があるなら、時に強迫症のようにアプリを買ってみる、とかそんな感じである。

日常的__つまり当たり前になっている状況から違う状況へ自分を置いてみるということだ。

差異を作る

こういうのは単に無残な結果で終わることもあるし、新鮮な体験、新しい経験を得られることもある。たとえ、無残な結果に終わったとしても、そこには何かしら得るものはある。

マックス翁が言っているように、

「試してみることに失敗はない」

のだ。

日常的に使っているものから、新しいものへと乗り換える。もし、それがうまくいかなくても、「うまくいっているものとうまくいっていないもの」の対比を作り出すことができる。

情報とは差異から生まれる。エントロピーが極限まで増大した世界ではエネルギーは生まれない。

何かについて考える上で違いに注目するというのは、とても有益だ。

ものすごく似ているのに、出てくる結果が違うならば、そこに含まれるごく微量の差異が、そのものの本質を生みだしている可能性が高い。

メモ帳を変えてみる

さて、飛ばし読みをしている方は、上の段落ですでに別のフィードの処理に向かっているだろうが、ここからが本題である。

私は日常的に「メモ帳」を持ち歩いている。ロディアのような切り離せるタイプではなくて、「綴じノート」型のいわゆるメモ帳だ。

ずっと前はA6ぐらいの小さいノート。その後ずっと「ほぼ日手帳」を常駐させ、今では「リコレクション ポケット」という和製モレスキン的なメモ帳を使っている。結構なページ数で315円という高レベルのコストパフォーマンスである。もちろんハードカバーでもないし、しおりもゴムバンドもついていない。が、書き飛ばして使うには、これぐらいが「身の丈」である。
リコレクション

Evernoteを導入してからは、どのようなメモであれ最終的な行き場所はEvernoteにしているので、単純に考えればロディア型の切り離しメモが便利なように思える。合理的に考えれば、どちらが便利かは明らかだ。

しかしながら、今に至るまで切り離し型のメモ帳を持ち歩こうという発想になったことはない。選択肢に上がったことすらない。手にするツールは違うものの、それが「綴じてある」という点は共通している。

最近では”合理化”のために「切り離し型」を導入しようかと無理に検討課題に挙げてみたが、言いようのない感情がそれを押しとどめてしまう。まるで学校の門に見えない壁があって、そこから外に出ることができない__閉鎖空間に閉じ込められているような、そんな感覚だ。

もちろん、屁理屈マスターの私にとってその説明をすることはゴブリンをホワイトナイトでブロックするぐらい簡単なことだ。

日常的に綴じノートにメモしておくと、新しいメモを書き込む際に過去のメモに目が触れる可能性があるから__つまり見返しの促進になる。理由として不足はないだろう。実際、それはその通りなのだ。

ちぎり取ってEvernoteに入れてしまうと、意識的に見返すか、検索しない限りそのメモが目に触れることはあまりない。しかし、綴じノートならばその頻度がかなり上がる。そして、メモを活用する上で「見返すこと」は必須事項と言っても良い。

こう考えると、見返しを促進するための「綴じノート」という選択は悪くない気がする。でも、本当にそれだけなのだろうか。

ツイストリングノートの便利さ

以前紹介した、「リヒトラブ」のツイストリングノートのメモタイプ。ほぼ5x3の情報カードと同じサイズはメモ用紙としては十分である。
ツイストリングノート
小さいリングで「ルーズリーフ」と同じ機能を有しているツイストリングノートであれば、「過去のメモ」を残しながら、不必要になったものは取り外したり、あるいは必要に応じて配置換えもできる。ある意味で綴じノート的でありながら、それ以上の機能性を体現している。

はじめは「リコレクション+情報カードの束」でメモを再構築しようと計画していたが、ツイストリングノートであればこれ一つで完結しそうだ。そう考えて、しばらくリコレクションは持ち歩かずに、ツイストリングノートだけを常駐させていた。

で、率直な感想は「便利」である。

普段はメモ帳的に使っておき、一日の終わりに処理が必要なものはタスクとしてパソコンに登録。用済みのメモは取り外して、ゴミ箱に。アイデアの材料になるものは、大きなノートに貼り付けて、そこで膨らませる。さらに検討が必要なものはそのまま残しておき、A.S.A.Pで考えたいものは、ノート最上部に移動。

アナログタイプのメモ帳で付せんを使わずに、これぐらいの機能性が出せるものはなかなか無いだろう。

しかし、さらに率直に言うと「物足りない」という感情がどうしても出てきてしまう。

ノートという存在

で、二つの「メモ帳」__リコレクションとツイストリングノートを並べて、いろいろいじっている間に発見したことがある。

それは、ツイストリングノートは「ペラペラめくれない」というものだ。いや、これは正確な表現ではない。ツイストリングノートもペラペラめくることはできる。ただ、それに最適化されていないだけだ。

見方を変えてみよう。

私がリコレクションをパラパラと見返している時の脳感は、本をぱらぱらと読み返している時のそれとまったく同じなのだ。ツイストリングノートにはそれがない。

私は移動する際に、何かしらの本を一冊以上持ち歩くようにしているが、私の中の心理的カテゴリーでいうとリコレクションもこの「本」の方に分類されているということだ。つまり、出版されることはない、書きかけの自分の本(あるいは作品(あるいは自分そのもの))、という位置づけなのだろうと思う。

でもって、本というのは__あくまで私の中の認識だが__切り離してバラバラにするものではない。だから、そういうタイプのメモ帳を日常的に持ち歩くことには違和感を感じる、というわけだ。

つまり、私が一冊の本を裁断してしまうことに抵抗感を覚えるのと同じ価値観平面において、切り離し型のメモ帳を使うことに違和感を覚えているということになる。

価値観ということ

私は別に何が正しいか、何が間違っているかを決めたいわけではない。単に自分の心の内側にある価値観の手触りを知りたいだけだ。

実際、私はiPhone(FastEver)からEvernoteにメモを送っている。これもとてつもなく便利な存在だ。でもこれに一元化しようとは思わない。それはそれ、これはこれ、なのだ。

少なくとも綴じノートタイプのメモ帳を持ち歩くというのは、単純な合理性を超えた価値が私の中にはある、ということだ。

それは自分の内側にあるが故に、自分では見えない場合が多い。井戸の中の暗闇で、静かに息を殺して、じっと佇むことでしか見つけられない類のものかもしれない。

さいごに

なんにせよ、ツールはどうあれ、「綴じノート」タイプのノートを使わなくなるという可能性はしばらくはないだろう。もちろん先ほども書いたが「綴じノート」を使うことにも”合理的”な理由はちゃんとある。ひたすらメモをとってまったく見返さないぐらいならば、多少の面倒を含んでも見返せるツールにした方が良いとは思う。

しかし、それとは別に自分なりの価値観・基準で大切なものとそうでないものを選別していきたいところである。

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