「青田買い」→「青田刈り」など、中高年ほど“誤用”(読売)
青田買い」よりも「青田刈り」、「汚名返上」よりも「汚名挽回(ばんかい)」など、本来とは異なる慣用句を使う人が、中高年に多いことが12日、文化庁が発表した国語に関する世論調査で判明した。
若者の方が正しい使い方をする人が多く、文化庁は「中高年は言葉を知っているがゆえに、混同してしまうのでは」と分析している。
言葉の使い方というのは時代と共に変わっていくというのは至極当然のことで、いつかこういった誤った言葉が当たり前に流通していくときが来るのかもしれません。
しかしながら、「中高年」と「若い人」を比較したときに、何か前提として中高年のほうが言葉遣いをしっているというような前提がこの記事からはプンプンと感じられるのですが、傲慢じゃないですかね、それは、とか思ったりするのはとりあえず置いておこう。
若者ことば浸透、迷ったときの「微妙」全世代で6割(読売)
いいか悪いか判断がつかないときに「ビミョー(微妙)」という言葉を使う人が全世代で約6割に上ることが、12日発表の文化庁の調査で分かった。「やばい」「うざい」などの若者ことばも、10代に浸透している。
一方、「今後も手紙は手書きとすべきだ」という人は5割に上るなど、パソコンが普及しても、書くことを重視する国民意識も浮かび上がった。
ということらしいですが、確かに「ビミョー」というのは会話ではよく使っている気がします。どっちつかずな気持ちを表すのには最適です。
この微妙という言葉が最近普及してきたという状況は、おそらく社会的な変化がバックにあるのかもしれません。
つまり少し前までは、物事は比較的単純で、留保なく判断を下すことができたのが、最近になってきて事象が複雑かし、プロパティが増え、関連情報が増えることによって、容易に決断を下しにくい状況が生まれてきたのではないでしょうか。
そういった環境の中では、「微妙」という言葉は大変便利であり、普及して言ったのではないかな、と思います。ただ決断力のない人間が増えたということではないのかもしれません。
しかしながら、使ってよいところ使うべきでないところというのももちろんあると思う。
キャスター「明日の天気はどうですか?」
天気予報士「ビミョーですね」
とか
キャスター「日米同盟は今後も継続していくことが国益につながるのでしょうか」
解説者「それは、ちょっとビミョーですね」
とか、ものすごい説得力がなくなってしまう。だからメディアでは、この微妙という言葉を使わないで、しかし微妙な表現ができる人間が発言するんでしょうね、きっと。
本当に、解説者なんかの話をよくよく聞いてみると「それって微妙ですね」という文章に簡潔できてしまうような発言が多々ある。
Aの側面、Bの側面、Aの裏側、Bの裏側を述べていく中で、じゃあ結局どうやねんとはっきりものを言う人が結構すくないですよね、まああんまりはっきり言うと敵を作ってしゃーない、という感じなんでしょうが。
まあ、自分のことを棚にあげて、といわれればそれまでですが。
こういう意味での「微妙」という言葉は、結構前からマスメディアで見かけていた気がします。
○○については微妙な情勢です、とか。
そして、私の論文の出来も「微妙」なのでした(笑)。
>karesansuiさん
微妙という表現は結構日本人的というか、こういうことだから雰囲気大体わかってください、というような表現の甘えがあるような気がします。あまりテレビなどの場では使わないほうが良い気がするんですよね。