6-エッセイ

家計簿を付けられるようになるまでの道のりを振り返る

結婚してもう6年以上経つが、家計簿をつけ始めたのは、比較的最近のことである。

正確に言えば、家計簿を付け続けられるようになったのが最近ということになる。けっこう若いうちから結婚していたし、お互い働いていたので「家計簿」を付ける重要性は認識していた。しかし、これが面白いように続かないのだ。

さまざまな形式の家計簿や、特殊なタイプの家計簿も手の届く範囲でやってみた。始めはなかなか良さそうに思えるのだが、二、三ヶ月もすると白紙の欄が目立つようになり、気がつくと「あっ、そういえば家計簿付けようとしていたな」ということになる。

ロガーだからといって

これでも結構な記録好きで、麻雀の成績表だとか、パチンコの収支リストとか、トレーディングの結果などはこまめに付けていた。そういう所は自分でも感心するぐらいマメなのだ。でも、家計簿は続かない。実に不思議である。

考えてみると、麻雀の成績うんぬんは純然たる「データ」だ。それは勝つために、あるいは勝ち続けるために必要なものだ。逆から見れば、こういった記録を残していく行為は、全体的な活動の内側に位置している。

つまり、「売買」と「記録」という行為が別々にあるのではなく、「投資」というカテゴリーの中に「売買」と「記録」というのが存在しているということだ。これは、ランニングとクールダウンの関係に似ている。別々に存在しているのではなく、補完的に機能しているのだ。

では、「家計簿」はどうだろうか。

何が目的か?

続いていなかった時の自分の心境を振り返ってみると、どうも「家計簿」を独立主体として捉えていたような気がする。

つまり、家計簿を付けることそのものが目的になっていたということだ。これでは続けるのは難しいだろう。家計簿をつけることが目的になってしまえば、その行為が面倒になった瞬間、それを続けるエネルギーは1mmたりとも湧いてこない。

本来は何か大きな目的があり、それを実現するために記録を付けるというのが本筋だ。こうしてモチベーションをヘッジしておけば、目の前の行為が面倒になっても、別の目的を想起することでエネルギーが湧いてくる。

もともと、私と連れ合いは非常に金銭感覚が緩い。10時間ほど煮込んだ餅巾着みたいな緩さである。「家計簿を付けて節約につなげる」と口先で言ってみたところで、心の内側にそういう価値観は持ち合わせていない。

共働きであり、我が家のランニングコストはかなり低かったので、高額な出費については両者の合意を得てから、というルールさえ守られている限り、家計が破綻する心配はなかった。とても小さな民主主義の形だ。だからどうしても「家計簿」を付けるモチベーションは、家計簿を付けることそのものからしか湧いてこない。こういう状況で何かが続けられたとしたら、それこそ奇跡みたいなものであろう。

さらに言えば、もともと節約しようという思いが無い以上、節約を謳っている家計簿法が最適解になるはずもない。家計簿を付けるために家計簿を付け始めたら、自分たちにはどういう情報がどのような形式で必要なのかが分からない。提供されている形式を選択することもできない。つまりは、続かないのが当たり前という状況であった、ということだ。

しかしながら、現状は「家計簿」をちゃんと付けられている。ということは、何かしらの変化があったということだ。その原因を考えてみると、二つの変化が思い浮かぶ。

一つは習慣の変化であり、もう一つは環境の変化だ。この二つが組み合わさって、なんとか現状の「家計簿」体制を維持出来ている気がする。

二つの変化

習慣の変化はGTDの週次レビューをやるようになったこと。一週間に一回、その週を整理する時間が自分アポとして設定されている。家計簿を付けるにはうってつけのタイミングである。もちろん、毎日入力する方が一回あたりの作業量自体は少なくなるのだが、忙しい日も当然あるので、実行できるかどうかは不確定である。

しかしながら、週次レビューは一応毎週一回は実施されている。土曜日がダメでも、まだ日曜日というバッファーがある。多少は融通が利く。

この週次レビューに「家計簿を入力」という習慣を相乗りさせた、というわけだ。これで「時間が無い」という言い訳を一つ潰すことができる。

もう一つの変化は、私が仕事を変えることを意識し始めたことだ。定期的な収入が無い状況では、一ヶ月あたりの出費が分かっていないと、家計は不安定さを増してしまう。出費の計画すら立てられない。であれば、平均的にみてどのぐらい一ヶ月に出費があるのかを知る必要がある。それと収入を見比べることで、大きな買い物などの予定を立てられる。

求めていたもの

ここまできて、初めて自分が家計簿を付けて何が知りたいのかがようやく理解できるようになった。

要は細かい出費の費目についてはどうでもよいのだ。そういうのを切り詰めていくことが目的ではない。一ヶ月あたりの最低限必要な出費、それに平均的な出費金額、これが分かれば、あとはそれに収入を対比されることで計画が立てられる。つまりお金のフローをモニタリングしたい、というのが私が家計簿に求めていることだ。

そうわかると、家計簿の仕組みもそれに最適化できるようになる。現状Googleのスプレッドシートにテンプレをつくり、ひたすら出金金額を記入しているだけだ。定期的な出費、生活を運営していくために必要なお金、例外的な出費、あたりが分かればそれで十分である。日付もシーケンシャルには並んでいない。目に付いたレシートから入力していくし、順番を並び替えるようなこともしない。月あたりでのトータルの出費が分かればそれで十分である。

さいごに

というわけで、現状私が付けている「家計簿」はおおよそ「家計簿」という言葉を聞いてイメージするようなものではなく、ものすごくシンプルな出金リストだ。でもって、これを入力することはまったく苦になっていない。モチベーションがヘッジできている証拠である。なんといっても、そこが一番重要な気がする。すくなくとも「節約家」ではない、私にとっては。

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