作業しすぎる、という弊害

フリーになって、一年以上経つ。これまでの経験から言えるのは、「自分を管理する」というのはとても重要だ、というごくごく当たり前のことだ。

組織の内側にいたときでも、同じようなことは感じていた。しかし、それはあくまでプラスアルファの部分でしかない。自分の管理がうまくいっていれば効果的に、あるいは効率的に立ち回れる、というものだ。が、現状では「自分の管理」は最低条件である。それがなければやっていけない、という類のものになっている。

人と枠組み

正直な所、この「管理」という言葉が適切なのかどうかは分からない。もしかしたら「制御」という方が近いかもしれない。あるいは、もっと別の言葉が最適解なのかもしれない。それは分からないが、それらを総合的に捉えた「セルフ・マネジメント」の概念は何かしら必要になってくる。

組織というのは、人を縛る存在である。それは逆から見れば、人に枠組みを与える存在とも言える。その枠組みが狭すぎると、窮屈さを強く感じることになるが、かといってまったくないと、それはそれで困ったことになる。

それは人間が重力下のもとで、日常生活を送っているというのに近い。上とか下という概念は重力が存在して初めて意味を持つ。宇宙空間に一人で放り出された状況をイメージすると、ひどく落ち着かない気持ちがしてくる。それと同じで自分に対する枠組みがないというのは落ち着くところがない状況だ。足を付ける地がまったく見あたらない。フリーでは組織という枠組みが存在しない以上、自分自身でその枠組みを作るしかないだろう。

「フリーランス」というのは、あくまで雇用契約においての「フリー」であって、まったく制約を必要としていないわけではない。なんにせよ制約は必要である。ただ、その制約を自分で決められるかどうか、というのが組織の中の人との違いである。

タスク・マネジメントの不在

「セルフ・マネジメント」の下部には、「タスク・マネジメント」が存在する。例えば、この「タスク・マネジメント」を一切行わなければどうなるだろうか。

おそらく二つの方向性が出てくるだろう。一つは、惰性に身を任せ何もしない日々を送ってしまう。もう一つは、惰性に身を任せひたすら作業に取り組んでしまう。このどちらも「長期的」に仕事をしていく場合には、マイナスの材料になってしまう。

前者は、わかりやすい。作業に手が着かない、サボってしまう、締め切りに遅れすぎる・・・、と自分の良心やら、他の人の催促やらでアラームが出てくる。それでカイゼンできるかどうかはわからないが、現状がまずいという認知は促される。

後者は少々やっかいだ。何せ作業は進んでいる。多分、そのことに対する満足感もあるだろう。好きなここと、楽しいことをやっていれば時間はジェットコースターのように流れていく。こうなるとフィードバックはそれをより加速する方向に向かっていく。時速50kmから60kmへ、60kmから70kmへ、と際限がない。しかも、それに慣れてくるとその速度が早いかどうかも分からなくなってくる。

これはなかなか危険である。

やりすぎの問題

実際的な問題点をあげるとすれば、「作業時間の取りすぎ」「身体の疲れの無視」「不必要な作業の蓄積」といったものが考えられる。

例えば「作業時間の取りすぎ」というのは、時間の使い方のバランスの問題だ。一人の人間の内側にはさまざまな役割がある。「作業をする人」ばかりにその時間予算を振り分けるというのは、仕事的には良いが人生的にはどうなのか、という疑問が湧いてくる。

一つの企業内でも、営業から事務、技術開発や経営といったさまざまなレイヤーが重なっている。営業だけに予算を振り分けたり、経営陣だけが好き勝手に予算を使う、というのではその企業の先行きは危ういだろう。その企業の方向性に合致した予算の振り分けが大切である。

頑張りすぎは続かない

「身体の疲れの無視」というのも、ある。

作業に集中してくると、ときどきランナーズハイのような感じになってくる。いくらでもこの作業続けていられそうな気持ちが湧き上がってきて、睡眠時間を無視して、作業に没頭する。それは確かに作業を前に進めるためにはある程度必要な要素だ。

しかしながら、当然どこかで反動がやってくる。その反動が一日程度の休養ですむレベルであれば問題無いが、「燃え尽き症候群」的なものだとやっかいだ。長期的に仕事をする場合は、戸愚呂弟のように「100%中の100%ぉぉぉ!」を発揮するのではなく、ずっと続けていられるレベルの力というのを意識していく必要がある。

仕事の進め方のカイゼン

「不必要な作業の蓄積」というのは、作業すること=良いこと、という発想が生まれてくると出てきやすい。

要するに一杯のタスクリストを書いて、それを消化することがベストという価値観への傾倒だ。こういう価値観だと、不必要な作業をチェックしてカイゼンを進めて行くという視点が生まれにくい。下手な鉄砲ではないが、クリティカルなタスクを見極めずに数をこなしていれば前に進むだろうという発想に近い。これは仕事の進め方にまったくカイゼンの要素を与えない。

さらに言えば、これは主体性を消していくことにもつながる。「することを決める」というのと「しないことを決める」というのはセットになっている。「しないことを決める」ということをしないと、どんどん主体性が失われていってしまう。そうすると、たぶんいろいろな要素がつまらなくなっていくに違いない。

プチ贅沢

ちなみに、上の話は「非効率」な作業や、「生産性」のない作業をしてはいけない、というのとは少し違う。

私自身、非効率な作業や、生産性にまったく関与しない作業をよくやっている。しかし、それは許容できる範囲内での話だ。例えば手書きが好きだからといって、原稿用紙で原稿を書くようなことはしない。でも、アイデア出しなどは手書きを愛用する。たとえ、中間にスキャンという手間がワンクッション挟もうとも、これぐらいならば十分に許容できる。

こういう判断も、全体の作業をチェックしているからできることだ。家計簿を付けていれば、プチ贅沢も家計に問題無い範囲で実行できるというのに似ているかもしれない。

こうした全体を監視する視点を持たないで、「とりあえず作業を進めているからOKだろう」という考え方だと、ずぶずぶと泥沼にはまり込んでしまう。周りの人の捨て牌をチラリとも見ないで、自分の手作りだけを進めていった結果、親リーに直撃くらって18000点、というのに近いかもしれない。

さいごに

セルフマネジメントというと、自分に行動を促すとか、少しでも作業を進めるというイメージが浮かぶかもしれない。しかし、自分を止める、ある部分で制御をかけるというのもセルフマネジメントである。

例えばポモドーロをやっている人も、一日単位だけの振り返りだけではなく、週次での振り返り、あるいはそれらをまとめた月次での振り返りというのもやってみた方がよいだろう。ある日、ポモしすぎて次の日の作業量が極端に落ち込んでいたりはしないだろうか。あるいは、ある週、頑張りすぎて次の週休眠モードに入っていたりしないだろうか。

一日のタスク消化量を最大にすることは確かに重要だが、それだけだと視野が狭くなってしまう可能性がある。もう少し多様な視点で、自分の時間の使い方を俯瞰してみる必要があるだろう。

▼こんな一冊も:

アジャイルな時間管理術 ポモドーロテクニック入門
アジャイルな時間管理術 ポモドーロテクニック入門 Staffan Noeteberg 渋川よしき; 渋川あき

アスキー・メディアワークス 2010-12-16
売り上げランキング : 3663

Amazonで詳しく見る by G-Tools

幽・遊・白書 全19巻セット (ジャンプコミックス)
幽・遊・白書 全19巻セット (ジャンプコミックス) 冨樫 義博

集英社 2005-01-01
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る by G-Tools

東大式麻雀 強くなる打ち方―ネット時代にも対応 “攻め”のセオリー
東大式麻雀 強くなる打ち方―ネット時代にも対応 “攻め”のセオリー 井出 洋介

池田書店 2006-02
売り上げランキング : 15941

Amazonで詳しく見る by G-Tools

努力しない生き方 (集英社新書)
努力しない生き方 (集英社新書) 桜井 章一

集英社 2010-03-17
売り上げランキング : 7782

Amazonで詳しく見る by G-Tools