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何で測る?人間の豊かさ。

「人間の豊かさ」指数、日本はベスト10から転落

国連開発計画(UNDP)は7日、世界各国の開発の現状をまとめた05年版「人間開発報告書」を発表した。日本は健康、教育など「人間の豊かさ」を測る人間開発指数で177カ国・地域中11位(前年は9位)と、初めてベスト10から転落した。女性の政治・経済分野への進出度を示すジェンダー・エンパワーメント指数(GEM)は43位と、先進国では極端に低かった。

日本の順位の結果はともかくとして、じゃあ人間の豊かさって一体なんだろうな、というのは少々考えさせられるテーマの一つである。

少なくとも、人間の~という言葉がついているからには、単純に物質的な豊かさだけで図るものではない、ということはわかる。が、もちろん必要最低限の物質的な豊かさを持ち得ないと、精神的な豊かさというものも得られない、あるいは得にくいという気もする。

そういう点で、日本社会というのは「必要最低限の物質的豊かさ」というものは持ちえていると思う。が、他国に比べ、順位が低いというのはそこに何か欠落してしまったものがある、ということだろう。

それは一体なんであろうか。確かに女性の社会進出はいまだ遅れているし、また生涯教育といいながら、各種のカルチャースクールがメインで社会人が大学に戻るというのは、割と珍しい部類に入る(別にカルチャースクールが悪いというわけではないが)

社会人が大学に戻る事が、日常化していないというのは、サラリーマンがあくせく働くことが日常化してしまい、自分のフィールド外の知識を吸収しているような余裕がない、ということなのだろう。

つまり、経済的に豊かである、とすらいえないのが日本の社会人の実情なのではないだろうか。お金を持っているが使い方を知らない日本人というような批評があるが、最近では使うお金すらない、という状況なのかもしれない。

それでも、日本国民が所有する資産は莫大な金額である、という現実もある。

何かが捻じ曲がっている感じがする。

豊かさという言葉の意味には、満ち足りて不足のないさま、とか経済的に恵まれていてゆとりのあるさま、とか、態度に余裕があって、落ち着いているさま、などがある。

やはりこれは日本人から見ても日本人という漠然とした言葉の持つイメージとはかけ離れている。もちろんこういう生活を送っている日本人も少なからずいるだろうし、それらを人括りにして語ることにあまり意味はないのかもしれないが、やはり様々な環境が「人間の豊かさ」を得るようにはできていない、という気がしてくる。

そもそもとして、人間として豊かであることは、すなわち幸福である。という命題を検討せずに正しいものとしてこの話を進めているが、やはり豊かな生活というものを誰しもが求めるのではないだろうか。

必要なものは十分にあり、仕事に終われず、お金の心配もせず、老後の心配も特になく、静かな家庭環境がある、というような「豊かな人生」を求めることはそれほど間違ったことではいし、また日本は経済的にはそれを実現できる環境ではある。もちろん国民全員が、ではないが。

おそらく、人間の豊かさというものを得るためには、もちろん社会システムの整備というものも必要なのだろうが、個人の価値観の持ちようというもの必要な気がする。
いくらお金を持っても満たされない人もいるし、めまぐるしい仕事から解放されたとたん不安になる人もいる。

とにもかくにも結局、他人がどう考えようが、自分はこういう生き方をするんだ、という確固とした信念と呼べるべきものがあればそれで十分なのかもしれない。

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