「冷蔵庫マネジメント」

「あ、これ賞味期限すぎちゃってる・・・」
台所から聞こえるつぶやきに、僕はため息を押しとどめられなかった。いったい何度目だろうか。毎月ひとつぐらいはゴミ箱直行便を生み出している気がする。
「僕が、とやかく言うことではないかもしれないけれど、もうちょっと冷蔵庫を管理した方がいいんじゃない?」
そう言いながらiPadを机の上に置いて、台所に移動する。妻は自分より一つ前に並んでいた人が宝くじを当ててしまった場面に遭遇したような顔をしている。どうも納得いかないらしい。
「ちゃんとやっているわよ。ほら」
僕は料理というものが大の苦手なので滅多に冷蔵庫を開けない。最後に開けた記憶は、一ヶ月以上も前のこと。あまりにも空腹すぎてパン屋を襲撃しそうになったので、妻のヨーグルトを勝手に拝借した時だ。
別にマチズモ的精神で「料理は女がやるものだ」という古来の思想を体現しているわけではない。ただ、料理という概念と僕の間には、太陽系を4周できるロケットでもたどり着けない溝が空いているだけだ。

冷蔵庫の中は一見片づいていた。5つあるスペースに食品が綺麗に収まっている。どれだけ沢山冷凍庫に詰め込めるか選手権で銅メダルぐらいはとれるだろう。
ガサゴソ、と僕は中の食品をいくつか引っ張り出してみる。そして賞味期限をチェック。
「これじゃあ、だめだよ」
「なんでよ。ちゃんと整理できているでしょ」
もう一度大きなため息をつきたくなったが、なんとかそれを押しとどめる。
「こういうのは整理とは言わないし、管理できているとも言わない」
みるみるうちに彼女の顔が険しくなってくる。自分のやっていることを否定されるのになれていないのだ。そういうのが嫌いな人なのだ。長年の結婚生活でその性格は十分理解している。でも、言わずにはいられない。僕もそういう性格をしているのだから仕方がない。
たとえば、これさ、と僕はできるだけトーンを落として話しかける。
「なぜ、賞味期限が新しい方が前に来ているの?これだと料理をするときに新しい方を使うことにならない?」
「えぇ、でも・・・・・・」
「そう、冷凍庫にしまうときは『使うときは奥の方から使えばいいわ』と考えているんだと思う。その気持ちはよくわかるよ。でも、料理する段になると、ちょっと面倒くさくなるんじゃない?、まあ、次使えばいいかって」
ほとんど無言で彼女は頷いた。きちんと説明すればすんなり理解してくれるので話が早い。
「こうやって、後ろにしまっていると取り出すのが面倒なだけじゃなくて、そもそもそれが買ってあることも忘れちゃうんだ。だから買い物に行った時に同じ物を買ってしまう。それを繰り返して行くと、賞味期限切れの食品のいっちょあがり」
なるべくユーモアを交えて話を進める。彼女はゆっくりと咀嚼してから、僕の方に顔を向けた。
「だったら、どうすればいいの?」

それは難しい問題だね。そう言いながら冷蔵庫の扉を閉める。冷蔵庫がたてるブーンという重い音色は、彼のかすかな不満を表明しているかのようだ。
「一番完璧な形は、買った物のリストを作ることだ。購入年月日、値段、賞味期限、残量。こういったものを帳簿にしておけば食材のダブりや使い忘れはまず無くなる」
「でも、・・・」
「そう、それは面倒だ。さっき面倒だからミスが起こるといったのに、さらに面倒な方法で対処するのは理屈に合わない」
だからどうすればいいだろう、と言って僕は一息ついた。単純に僕の知見をさらけ出しても特に意味はない。結局の所、冷蔵庫は彼女のテリトリーなのだ。構築を僕がやっても、運用は彼女の仕事だ。いくら完璧な構築を作っても、運用できなければ意味はない。とりあえず手がかりを提示してみることにする。
「まず、最初に考えたいのは『見える』という状態をいかに保つかってことだね」
「うん、たしかにそうね。見えなくなると忘れてしまうから」
「だから、冷蔵庫に入っている食材が一目で見えるように収納しなければいけない。今の収納の形はたしかに効率的で、スペースを最大限に活用しているけども、管理という面でみるとやや苦しい。本当はある程度のバッファーがあった方がいいんだ」
「バッファーって何?」
「バッファーというのは緩衝材のことさ。衝撃を緩和する装置を指すこともある。この場合は余分なスペースというところかな。食材を100%詰めるんじゃなくて、80%ぐらいに押さえておく。そうすると全体が見渡しやすくなるし、入れ替えをするのも楽になる」
ふむふむ、といった感じで彼女が頷く。メモ帳を持っていれば、鉛筆の芯の先でもなめていそうな感じだ。
「さらに、同じ食材がある場合は賞味期限が新しい方を常に奥に置いておく。こういうのを小売業では『先入先出』なんて呼んでいるね。これは買い物をしてきて、冷凍庫に収納するときにちょっとだけ気をつければよいことだ。中身を限界まで詰め込んでいなければ、入れ替えるのも簡単だろう」
「あとは何かあるかしら?」
う〜ん、と僕は考え込む。あるいは考え込むふりをする。

「君は何かアイデアがあるかい?」
「そうね、買い物に行く前に冷蔵庫を一度チェックしておくというのは簡単にできそうな気がするわ。今までだと一杯詰まりすぎていて中身をチェックする気分があまり起きなかったの」
「なるほど、確かにそれで必要ない買い物は避けられそうだね。あとは何かあるかな」
「あとは、似たような食材をかためて置いておくというのもありかもしれないわね。そうしておけば、肉のストックとか、お弁当用のおかずの買い置きがどのぐらい残っているのか、すぐ分かるだろうし。これならいちいち帳簿を付けなくても・・・」
彼女が一人で盛り上がってきたので、僕は居間に戻ってニコニコ動画の続きをみることにした。これでゴミ箱直行便は廃線になることだろう。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

2件のコメント

  1. 思わず苦笑い。
    主婦だから、奥様のお気持ち、すごーくよくわかります。
    たまに、主人に「納豆の賞味期限切れてるよ」とか言われてます(汗)

    最近、タブレット端末もどきを購入して、
    冷蔵庫管理アプリを導入して、野菜室の野菜のミイラの出現率は減りましたよ。

    是非、奥様におすすめ下さい。
    タッチパネルなので、入れたり、出したりがすごく楽しいです。

  2. >ときどきぷろぐらま。さん
    コメントありがとうございます。
    「冷蔵庫管理アプリ」なんてあるんですね。一度連れ合いにオススメしてみます!

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