【書評】『単純な脳、複雑な「私」』(池谷裕二)

初版は2009年。おおよそ二年前の本である。

この二年間で脳科学の知見は驚くほど増えているに違いないが、それはそれとして十分楽しめる一冊である。

単純な脳、複雑な「私」
単純な脳、複雑な「私」 池谷裕二

朝日出版社 2009-05-08
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副題は「または、自分を使い回しながら進化した脳をめぐる4つの講義」。高校生に向けた講義が4つ収録されている。

池谷氏は『進化しすぎた脳』という本でも同様の手法をとっていて、これがまた抜群に面白い。面白くなければ聞いてもらえない、というある種の危機感を持っているのかもしれない。あるいは単純に、著者がこの分野に相当の面白みを感じているか、そのどちらかだろう。

私は複雑?

タイトルが少し思わせぶりなものになっている。

『単純な脳、複雑な「私」』

私たちの一般的な印象だと、脳はすごく複雑な装置で、私というのはすごくわかりやすいもの、という感じになるだろう。なんといっても「私」は私である。複雑であろうはずもない。

しかしながら、本書を読み進めていくと、いかに「私」が扱いにくいものなのかが見えてくる。それは多面的であり、後付けであり、ある意味では副産物とすら言える。少なくとも、「本当の自分」なる言葉がいかに空虚なものなのかがわかるだろう。

章立ては以下の通り。

第一章 脳は私のことをホントに理解しているのか
第二章 脳は空から心を眺めている
第三章 脳はゆらいで自由をつくりあげる
第四章 脳はノイズから生命を生み出す

第一章は、全校生徒に向けた講演。第二章〜第四章は連続講義の形になっている。

それぞれの章の中で、いかに脳がシンプルな構造から複雑なものを生み出しているのか、脳の働きと「私」という感覚の関係性は、といったことが紹介されている。語り口は平易だし、時にユーモアも交えられている。高校生に向けた話だから、小難しい言葉もほとんど出てこない。

その語りの中で、面白い話がどんどんと飛び出してくるのだからたまらない。この著者の本が支持されるのもよくわかる。

直感とひらめきの違い

たとえば、こんな話がある。

直感もひらめきも、何かをフとしたときに考えを思いつくという意味では似ているのですが、その後、つまり、思いついた後の様子がまるで違うのです。

一体何が違うのか?

「ひらめき」は思いついた後に理由が言えるんですよ。「これこれこうなって、ああなって、だからこうなんだ。さっきまではわからなかったけど、今ならよくわかるよ」という理由が本人にわかるんです。

では「直感」はというと

一方、「直感」は自分でも理由がわからない。「ただなんとなくこう思うんだよね」という漠然とした感覚、それが直感です。そんな曖昧な感覚でいて、直感というのは結構正しいんですよね。

となる。

私の場合だと。この「直感」は麻雀をしている時に強く感じられる。基本的に相手の牌が透けて見えない麻雀において、ときどき「ん、これは危ないな」と感じることがある。その理由を何一つ説明することはできない。でもそう感じる「違和感」だけは心の中に居座っている。そういう感覚を無視して牌を切ると、痛い目にあうことが多い。

これを「たんなるまぐれじゃないか」と指摘されたとしても、私は科学的にそれを否定することはできない。もしかしたら神からの啓示なのかもしれない。

でも、脳科学的に言うのであれば、そんな考えは浅はかでしょう。だって、プロの棋士は訓練をしているからです。繰り返し繰り返し、幼いころから将棋の盤を見てきて、いろんな対戦をして、戦局を眺めて、様々な手に思いを巡らせて……だから、指し手と盤面の展開が血となり肉となっている。

著者は明快にこう書いている。「経験に裏づけられていない勘は直感ではありません」。あるいは、「直感は訓練によって身につく」、とも。

どうだろうか、ワクワクしてこないだろうか。

さいごに

これ以外にも、「記憶」が私に与えている影響、私たちが見ている「世界」について、脳の中のゆらぎ、意識と感覚の「時差」、ノイズと生命、フィードバックと脳、などなどさまざまな「面白い」話が散りばめられている。

特に「ノイズ」がもたらす影響についてのお話は興味深かった。これは創造性や知的生産においても応用できる知見な気がする。少なくともノイズがまったくない環境はあまりよくないのでは、という気がしてきた。もちろんノイズだらけというのもそれはそれで問題なのだろうが。

同じ著者&糸井重里さんの共著である『海馬』が面白く読めた方ならば、この本もきっと楽しめるだろう。そんな一冊だ。

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