5-創作文

「サンタな一日」___ Rashita’s Christmas Story 3

憂鬱は12月1日から続いていた。
玄関の郵便受けに挟まれていた赤紙を発見してからもう23日も憂鬱さを引きずっている。

「クリスマスは毎年面白くないけど、今年は憎悪の対象って気すらするな」
負け組の表明と自覚しながらも、達也はそうツイートするのを止められなかった。

サンタクロース制度が始まったのは去年からだ。「絆」政策の一環として、政府が鳴り物入りで打ち出した制度である。人権的に問題を含んでいる可能性を指摘されながらも、一部の熱狂的な支持者と、何も考えずに祭りに参加したいだけの大勢の奴らのバックアップを得て、その法案はすんなりと通った。一部のリバタリアンからは「これは兵役となんらかわりないものだ」という批判もあったが、実質的に健康被害や死傷者が出るわけでもなく、その声はいつものように世論の風にかき消されてしまった。

ただ、有名なリバタリアンブロガーが使った「赤紙」という通称だけは、ネット以外でも普通に使われるようになっている。めずらしく政府が出した、そしていつものように場違いな洒落っ気のせいで、「サンタクロース候補」に送られてくるハガキが赤と緑で彩られていたのが理由だ。

「まったく、なんで僕がサンタなんか・・・」
そんな気持ちをツイートすることすらできない。「今年のサンタクロース」が誰になるのかは非公開とされている。12月25日を過ぎるまでに、自分で公表すれば罰金刑すら待っている。もちろん、ネットのアングラな世界では「今年のサンタクロース」についての情報交換が当たり前のようにやりとりされている。達也もその掲示板をのぞいてみた。どうすれば断れるかが知りたかったのだ。

しかし、国民背番号制と紐付いているサンタクロース制度はかなり強固だ。雇用保険や健康保険が関連づけされているので、職業の状態や健康状態は簡単に把握されてしまう。「仕事が忙しい」「健康的に問題がある」という理由で断ることはできない。虚偽の理由でサンタクロースを辞退すれば、その事実が世間に公表されることになっている。それに比べれば100万円以下の罰金など安いものだ。今の世間の風潮からいって、サンタクロースを辞退した人間は、きっと「非国民」扱いされるだろう。

その板でも「とりあえず受けとくでFA」という意見で共通していた。「そこそこの給料ももらえるし、どうせおまいらクリスマスイブ一人で過ごすんだから一石二鳥じゃね」。そんな感じだ。女性のサンタとの出会いを期待する声もあったが、そもそもサンタは活動場所が重ならないので、作業中別のサンタに遭遇する確率はとても低いらしい。まあ12歳以下の子どもがいる家など最近では少なくなってきているので、集合住宅で配りものをしていたら曲がり角で突然別のサンタにぶつかって、というようなハプニングは期待するだけ無駄というものだろう。

金銭的にはありがたい臨時収入であったが、お祭り騒ぎと子どもが大の苦手な達也としては、今年のクリスマスは相当ひどいことになるのが予想された。師走ならではの忙しさに没頭することで、なるべく忘れようとしてはみたものの、24日が近づくつれ、つまりカフェでクリスマスソングがいやというほどかかるようになって、「今年のサンタクロースが自分である」というどうしようもない事実が、頭から離れることはなくなった。
「これで精神衰弱になったら、サンタ労災でも降りるのか」
彼のつぶやきは、もちろん誰に聞こえることもなく、寒空に消えていった。

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作業は順調に進んだ。もともと達也は夜型の生活を送っているので、午後10時から深夜にかけて行われる作業は苦痛ではない。むしろ、その時間帯の方がテンションが上がってくるほどだ。すでに雪がちらついているが、寒さもほとんど感じない。それは彼のテンションの高さだけではなく、「制服」として支給されたサンタ服のおかげもあるだろう。軽くてふわふわした赤色のコートは、寒さを拒絶するかのように達也の体温を維持してくれている。一体このサンタ服にいくらの血税が使われているかはあまり考えないことにした。自分で自分の気分を落ち込ませても仕方がない。

この制服の金額だけではなく、この日「雇われる」サンタクロースへの報酬もまた膨大な数になるだろう。若者の雇用を補助するという名目が乗せられたサンタクロース制度は18歳〜30歳までの男女が対象になっている。もちろん、彼ら彼女らは正社員ではなく、非正規の雇用あるいはまったく職に就いていない者ばかりだ。もしかしたら、サンタ報酬が初の「お給料」というやつもいるかもしれない。そういうやつらが一人乗りの電気自動車が買えるほどのお金を手にして一体何に使うのかは興味あるところだ。

そんなことを考えながら、iPhoneの地図を眺める。画面の左上に赤いマークが点灯している。最後の1件だ。全部で4件の「配達」のうち2件はマンション、1件は一戸建てだった。順調に進んだのは、どれも子どもが寝ていたからだ。チャイムを鳴らし、出てきた両親に「メリークリスマス」と告げて、プレゼントを渡すだけ。簡単だ。宅配便のアルバイトの方がよほどしんどかった。同じ物を配達するという仕事でも、相手が家にいて、しかもこちらを暖かく迎えてくれるという事実があるだけで、実行する側の気持ちは大きく違う。

達也は時計を見る。午後11:30。この調子だと日付が変わる前に終わりそうだ。iPhoneをカーナビに接続して、達也は最後の1件に向かった。

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ピンポーン。
最後の1件はボロいアパートだった。「レトロな雰囲気」という言葉を使っても美化しきれない古さや汚れがしみこんでいる壁を見回しながら、達也は待った。願わくば、ここも子どもが寝ていて、両親が出てきますように。サンタとしてはいささか問題ある願いだが、仕方がない。サンタにもサンタなりの事情があるのだ。
ピンポーン。
もう一度チャイムを鳴らす。少し、嫌な予感がした。

ガチャ、とカギを回す音がして、少しだけドアが開く。ドアの向こうには誰もいない。いや、達也の視線には入っていない。首を傾け、視線を下げる。子どもだ。ピンク色のパジャマを着た女の子がこちらに視線を向けている。細められた目は眠気なのか、疑いの表明なのか。
「メリークリスマス!」
達也は、自分の中のテンションを最大限まで踏み込んでそう告げる。そうでもしなければ、玄関を挟んで二人の間に永遠の沈黙が落ちそうな気がしたからだ。
「おじさん、だれ?」
どうやら疑いの視線だったようだ。

ここは曲がりなりにも公務員的公僕精神を発揮して(サンタは一日だけのみなし公務員扱いだ)サンタを演じるべきだろうか、それともきちんと自己紹介した方が話は早く進むだろうか、ていうか僕まだ28歳だからおじさんじゃないんだけど・・・。
思考が渦を巻きそうになるが、それを押しとどめる。その先には何も待っていないことはわかりきっている。
「僕は、サンタクロース。君にプレゼントを持ってきたよ」
「ふ〜ん」
袋小路のような沈黙が舞い落ちる。どうやらやっかいな案件を引き当ててしまったようだ。世界中の子どもにプレゼントを運んでくるサンタクロースを信じるほどイノセンスではないが、日本のサンタクロース制度を知っているほど大人びてもない、そういう子ども。きっとサンタクロース制度も年度を重ねていけば、こういう案件に対するマニュアルなんかも生まれてくるのだろうが、制度が始まったばかりではどうしようもない。もちろんサンタクロース一年生で子どもが苦手な達也に打つ手はなかった。

iPhoneを使って、掲示板の住人に助けを求めるべきだろうか。「こどもでてきた たのむ」とかなんとか書き込んで。

いや、だめだろう。きっとそんなことをしたらますます彼女から信頼されなくなる。ここは毅然と構えておくことが必要だ。どうにかしてきっかけを作らないと。「日本政府が国民の血税を使って、君にプレゼントを配るように僕に指示したんだ」と言えば理解してもらえるだろうか。
「入る?」
唐突に彼女が声をかけてくる。
「いつまでもここ開けてたら寒いし」
「いや、知らないおじさんをそんなに簡単に家に入れちゃいけないと思うよ」
「じゃあ、帰って」
一蹴だ。彼女の中には迷いという要素が一切育まれていないのかもしれない。
「とりあえず、プレゼントだけでも受け取ってもらって・・・」
「わけのわからない人から物をもらわないようにしてるの」
「わけのわからない人を家に上げるのはいいのかい?」
「わけがわかるかどうかは、話を聞いてから判断するの」
子どもっぽい理屈なような気もするが、不思議と子どもとしゃべっているような気はしない。とにかくプレゼントを「手渡す」までは任務は終わることはない。とりあえず達也はその提案を受け入れることにした。

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中に入ると、六畳程度の小さい部屋とキッチンがあるだけだった。部屋の中にはほとんど物はない。生活に必要最低限な家電が置いてあるだけで、本棚もなければゲーム機も見当たらない。おそらく普段食卓に使われているであろう机には小さなホールケーキが一つ乗せられていた。
「お父さんとお母さんは?」
「お父さんはいない。お母さんは仕事。帰りが遅くなるから一人で食べてなさいって」
しかし、ケーキは一切手がつけられていなかった。そりゃそうだろう。28歳の「大人」でもクリスマスイブに一人でケーキを食べるのはひたすら寂しい。小学生ぐらいの女の子ならなおさらだろう。ケーキがあればクリスマスが祝える、というわけではないのだ。
ちょこんと座り込んだ彼女の向かいに座り、達也は話をおおざっぱに自分のことを説明した。子どもたちにプレゼントを配る大きな組織があって、そこの「配達員」として臨時の仕事をしている、と。まあ、嘘はついていない。
「なぜ、その大きなそしきはプレゼントを配っているの?」
「そりゃ、日本中の子どもに幸せを感じてもらいたいからじゃないかな」
「ふ〜ん」
そういって彼女は黙り込んだ。とりあえず、話は納得してもらえたようだ。

達也は白いカバンから「女の子用」のプレゼントを出す。プレゼントには「男の子用」「女の子用」「両用」の三種類がある。中身は確認していないが、それぞれ最適なプレゼントが、「有識者」のみなさんによって選ばれているのだろう。
「じゃあ、改めてメリークリスマス。これが君へのプレゼントだ」
達也はそういって綺麗にラッピングされた箱を彼女に差し出す。
彼女が受け取って、それで本日の任務は終了。そういう達也の思いは、プイと横を向いた彼女の態度によってもろくも打ち砕かれた。
「どうしたの?僕の<わけわからない人疑惑>はまだ晴れてないの?」
「ぎわくって何?」
「えっと、疑いってわかるかな。わかんないよね。つまり、僕はまだわけのわからない人なのかな、ってこと」
彼女は小さく首を横に振る。
「じゃあ、なんで受け取ってくれないの?」
「だって、プレゼントを受け取ったらおじさん帰っちゃうんでしょ」
たしかに帰る気満々だった達也は絶句した。

サンタの仕事は子どもに幸せを感じてもらうこと?ついさっきそう言ったのはどこの誰だ。

他人とコミットを持つことを避けていた達也にとって、自分が吐いた言葉で自分が傷つくのは久しぶりの体験だった。
サンタクロースには明確な業務時間は規定されていない。配る件数が地域ごとで違うので、終了時間を画一化するのが難しい点と、一人あたりの配達数が少なく設定されているので「残業問題」がほとんど発生しないというのが、業務時間が曖昧な理由だ。だいたい時給で仕事しているわけでもない。
早く配り終えたサンタは、さっさと制服を脱いで、自分のクリスマスを祝いに急ぐ。要領の悪いサンダも、入ってくる臨時収入に思いをはせながら最後まで配り続けるだろう。いつ終わってもいいし、いつまで仕事をしててもいい。
達也は、大金の使い道を考えながら歩む帰路の背後で、一人ぼっちでケーキとプレゼントの箱と対峙する少女の姿を思い浮かべてみた。それが一年一回だけのサンタの仕事と言えるのか。僕はサンタすら満足にできないのか。
「よし、おじさんと一緒にケーキを食べようか。ケーキでおなかいっぱいになったら、一緒にプレゼントを開けてみよう」
「うん」
彼女は満面の笑みを浮かべて、うなずいた。
こうして達也のサンタは日付をまたぎ、彼女の母親が帰宅するまで続くことになった。

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メリークリスマス!

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