4-僕らの生存戦略

二種類のシューカツ生

『アホ大学のバカ学生』という刺激的なタイトルの本に、就活生の二つのタイプが紹介されていた。なんとなくわかるような気がする。

アホ大学のバカ学生 グローバル人材と就活迷子のあいだ (光文社新書)
アホ大学のバカ学生 グローバル人材と就活迷子のあいだ (光文社新書) 石渡嶺司 山内太地

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一つは「マジメ学生」で、もう一つは「バカ学生」。

「マジメ学生」が苦労して、「バカ学生」が案外うまくやってしまう。そういう話だ。100%当てはまるものでもないだろうし、企業によっても違うだろうが、そういう部分はあるように思う。母数こそ少ないが、前職は大学生と年単位の付き合いがあったので、私の感覚もそれほど的外れではないはずだ。

「マジメ学生」の特徴

では「マジメ学生」とはどのような学生タイプなのだろうか。著者は次のような特徴を挙げる。

例えば、適性検査(就活での筆記試験の一種)の対策が必要と聞けばそれを一生懸命勉強する。それはそれで必要なのだが、他のことに目がいかない。
例えば、自己分析で就活がうまくいった、という話を聞けば、自己分析を一生懸命やる。それはそれで必要なのだが、自己分析で失敗した話を考えない。

あぁ、あういう人ね、と頭の中で誰かのイメージが湧いたかもしれない。著者はこうした特徴を「応用力がない」とまとめている。

「マジメ学生」にはもう一つの特徴があるようだ。

やたらと効率重視、合理化を図ろうとするのもマジメ学生の特徴である。就活を学生受験に喩えて言えば、自己分析、適性検査、エントリーシート、面接という科目があり、それのみ一生懸命勉強すればどうにかなる、そうかたくなに信じていると言ってもよい。

これが本当に「効率重視」や「合理化」と呼べるのかどうかがまず疑問な訳だが、おそらくその学生の中では「効率的」で「合理的」なやり方として認知されている、という話なのだろう。著者はこれを「就活に役立ちそう」「就活のためにやっておこう」と計算高いとも表現している。まあ、その表現もわからないではない。

これは「就職活動」を著者がたとえで使っているように「学生受験」と同じような捉え方をしているのだろう。でもって、その時に使ったアプローチを同じように使っている。だって、他にどんな方法があるんですか。という感じ。

「バカ学生」の特徴

では、対する「バカ学生」はどのような学生か。この場合の「バカ」という言葉は基礎的な学力が不足している、という意味では使われていない。

バカ学生の特徴を一言でまとめると、目の前に面白いことがあれば、そこに興味を持つことだ。それが非効率なことであってもお構いなし。小学生だと、学校で宿題をやりなさいと言われて、おとなしく宿題をするのがマジメ学生、宿題をやろうとしたところに友達から遊ぼうと誘われたら宿題を放り投げるのがバカ学生である。

そういうやつのこと。ただし、この宿題は後で帳尻を合わせるようだ。「非効率的な割に要領がいい」と著者は表現している。身の回りにそういう友人が一人ぐらいいるのではないだろうか。この本ではそういうタイプは就活に強いとされている。

特徴を簡単にまとめると、

  • 非効率であっても、ちょっとでも面白そうだと思えば行動に移せること
  • 就活に無関係な行動で留年している人が多い
  • 社会との接点が多い

とこんな感じである。

こういう学生は、誰かが「有効ですよ」とした方法も試すし、自分が面白そうだと思ったことも実行する。いろいろやるなかで、レッドオーシャンではない場所が見つかり、見事に採用、ということになるのかもしれない。

この部分を読んで、私は知り合いの大学生の姿がすぐに思い浮かんだ。実際にこういうタイプの奴がいるのだ。私が面接官なら一発で受からせるだろうな、という気がする大学生である。その業界についての基本的な知識や、筆記試験の点数が足りていなくても下駄を履かせて合格、ぐらいの勢いで採用するだろう。

もちろんこれは業種による。「マジメ学生」が採用されやすい職種というのも存在するだろう。が、一般的なビジネスシーンでは、この本で「バカ学生」と呼ばれている人が面接で強い傾向はあるかもしれない。

3つの違い

二つの学生のタイプを比べると、3つの違いが見えてくる。

  • 自主的な行動力
  • 雑多な情報量
  • 複数の価値観

自主的な行動力

自分の興味があることにホイホイのってしまうというのは、「腰が軽い」とデメリット的表現もできるわけだが、自主的に行動できるというメリットとしても捉えられる。

予め「科目」が決まっていることを、それ通りにこなしていくことももちろんある種のスキルである。しかしそれは、決められていないことはできないし、しない、という可能性も含まれている。指示通りこなせることは重要だが、指示を待っていて他に何も出来ない人はなかなかやっかいである。

すくなくともマニュアルの定まっていない仕事をまかせることはできない。

雑多な情報量

興味あることに首を突っ込んだり、さまざまな人と会話ができる人は、けっこういろいろなことを知っている。専門分野を掘り下げるというのではなく、15倍ぐらいに希釈した教養を広げる、という感じだ。

専門職の人ならば、自分の好きなことをとことん知っているという場合でもOKかもしれないが、一般的な会社員の場合、他の人と普通に会話できるぐらいのスキルは欲しい。そういうときに雑多な情報はけっこう役に立つ。たとえ、専門的な会話ができなくても、相手に話題をふったりすることはできる。

また雑多な情報量は、アイデアを生み出す際にも役に立つ。

こういうのを「後知恵」するのは難しい。いろいろな人と接して、やり取りする中で地面に染みこむ雨水のように蓄積されていくものだからだ。

相対的な価値観

多くの人と積極的に関わりを持っていれば、いろいろな人の哲学や世界観に触れることになる。あるいはジャンルの異なる本を多数読むことでも同様だ。

すると、自分の持っている考えや価値観がいかに「世の中のかけらの一つ」でしかないことを思い知る。たぶん一度か二度ぐらいは挫折も通り抜けることになるだろう。

そういう人は、やっぱりちょっとだけ強い。

自己が相対化されているので、頑なになりにくいし、相手の意見を相手の意見として受け入れられる(可能性が高い)。

自分と同じ価値観の人だけしか接していない人は、他の人の価値観を受け入れられないし、自分の価値観が否定されると自己の人格が否定されたような衝撃を受けてしまう。そういうのはあんまりバランスが良くない。こういうのも、後からどうのこうのしにくい類のものである。

「マジメ学生」と「バカ学生」のどちらが優れているかは、もちろん「優れている」の評価軸によって変わってくるわけだが、個人的には「バカ学生」と一緒に仕事をしたいような気がする。

さいごに

特にこのエントリーは何かを主張したいわけではない。「学生の皆さん、バカ学生を目指そう!」なんて口が裂けても言うつもりはない。だいたい他の人に指摘されて「バカ学生」を目指してしまう「マジメ学生」は、結局「マジメ学生」だ。

いろいろな企業で欲している「人材」の形が違うだろう。人と人との関係性のように、仕事と人とも縁のようなところあある。ニーズがあり、提供できるスキルがあり、タイミングがあり、コネがある。個人の力だけではいかんともしがいたいものだ。

だから、あんまり深く考えてもしかたないんじゃないかな、と思う。ただ、自分がどっちのタイプなのかは気に掛けておいたほうが良いかもしれない。たぶん、それが自分にあった仕事を見つける一つのルートになりうる。

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