時間という貴重な存在

時間は貴重な存在。

多くの人が同意してくれるだろう。万人に等しく与えられ、ただ生きているだけで消費されていく時間。いや、そもそも私たちは「時間」の中に生きていると言えるのかもしれない。魚が水の中に生きているというのと同じように。

豊富に持っている若い時代はそのありがたさがわからず、年を重ねることにありがたみが増してくる。そうして後悔は生まれる。「あのとき、もっとあぁしておけばよかったな」、と。

時に後悔は、人の心を蝕む。

過去を変えられたら、今の自分はもっと「良い人生」を送れていただろうと考えすぎるあまり、目の前の現実が見えなくなる。そして現実がおろそかになり、また桃源郷のような過去の改変にあこがれを感じる。無限ループだ。

過去は変えられない。でも、未来は変えられる。

過去は変えられる。でも、未来は変えられない。

一体どちらが「本当のこと」なんだろうか。そう問うことすら無意味かもしれない。

私たちの目の前には、ただ、今があるだけだ。

時間は貴重な存在。

これは確かだ。でも、「時間は貴重な存在」という言葉だけが浸透し、拡大し、普及し、波紋を呼んだ世界はいったいどんなことが起こるだろうか。

貴重な時間を無駄なことに使いたくない。そんな、心理的ファッションがちまたに溢れかえるかもしれない。

そうなったら、「失敗」する可能性があるようなことにチャレンジする人は減ってしまうだろう。なんで、貴重な時間をロスしてしまうようなことに挑戦しなければならないのか。そんなの無駄じゃないのか。そういう「賢い」意見がはびこるようになるかもしれない。

ちょっと足を止めて考えよう。「良い人生」とは一体なんなのか。無駄と無駄じゃないことの線引きは誰が行うのか。

怖いのは、そういう問いかけすら「時間の無駄」と切り捨ててしまう傾向が生まれてしまうことだ。

時間は貴重な存在。

そう、だれも反論できないぐらい正しいことだ。でも、本当に大切なことって一体なんだろうか。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

2件のコメント

  1. なかなかテツガクしてますね。そういうの大好きです。
    実利一辺倒でなく、時に自己の根元を問うて見る。
    そして、また仕事に没頭する。しかし客観的視点は常に持ち続ける。
    自分もそんなrashitaさんのようにありたいと思っています。
    常々参考にさせてもらっています。
    ありがとう。

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