「メメント」という映画がある。2010年に公開された「インセプション」の監督、クリストファー・ノーランが手がけた作品だ。
メメント [DVD] |
|
![]() |
クリストファー・ノーラン
東芝デジタルフロンティア 2006-06-23 |
メメントの主人公は前向性健忘である。10分間しか記憶が保てない。ある時点までの過去の記憶は確保しているものの、それ以降の記憶は次から次へと忘れ去られていく。穴の空いたバケツに水を入れるようなものだ。
しかしながら、彼はたった一つの武器で、その状況に「対応」していく。
その武器とは何か。
それは「自分は10分間しか記憶が保てない」という記憶だ。
この記憶があるおかげで、彼は「忘れてはいけない」と思うものを紙のメモに残し「いつもの」ポケットにいれておく。本当に大切なことは、身体にメッセージを刻み込むことすらある。言葉通り入れ墨するのだ。自分の身体を忘れて移動することはできない。
バケツに穴が空いているのを知っているならば、コップにでも入れておけば良い。普段目に付く場所に置いてあるコップに。
どれほど困難な状況でも、その状況が把握できていれば、対処することはできる。少なくとも対処法を考えることはできる。
なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか―記憶と脳の7つの謎 |
|
![]() |
ダニエル・L. シャクター Daniel L. Schacter
日本経済新聞社 2002-04 |
本書は2002年に発売された記憶に関する本である。著者はダニエル・L・シャクター。プロフィールによればハーバード大学の心理学部教授らしい。
原題は「The Seven Sins of Memory」とあるが、日本語副題では「記憶と脳の7つの謎」となっている。日本語訳としては無難な言葉の選択だろう。
概要
本書は、記憶に関する”不具合”を7つに分類し、それぞれがどのようなメカニズムで起こるのかを分析していくという内容になっている。さらに記憶のミスの影響を減らしたり、あるいはどのようにすれば予防できるかについての示唆もある。
7つの不具合(本書にならって以下はエラーとしておく)は次の通り。
- 「物忘れ」
- 「不注意」
- 「妨害」
- 「混乱」
- 「暗示」
- 「書き換え」
- 「つきまとい」
前の3つは、「うまく思い出せない」現象だ。日常的によく見られる現象でもある。
対して後の4つは、記憶が不正確なものになったり、あるいは忘れようと思っても忘れられないといった現象になっている。本書によれば「脳の指令が原因」で起こることらしい。
こちらのエラーは、時に大いなる苦悩・苦痛・困難さを人にもたらすことがある。身近な例では、勘違いによる言い争い(だいたいこじれる)。極端な例ではPTSD(自殺につながることも)がこちらに分類されるだろう。
どちらも重要な知見には違いない。が、「日常的」な方が、多くの人にとって日常的に使えるだろう。
「うまく思い出せない」現象
「物忘れ」は、覚えられない、ということだ。長期的な記憶を作り出せない、と言い換えてもよいかもしれない。本書では対処法として「精緻化」が紹介されている。覚えたい情報をすでに知っている情報に関連づけるという方法だ。
つまり、覚えたい内容について自問し、それによって情報を合成するのである。今会ったばかりの女性の顔の特徴は?彼女を見て思い出す知り合いはだれだ?彼らの共通点、相違点は?
「不注意」は、たとえばこんな感じだ。電話がかかってくる。持っていたペンをその辺に置いて、通話ボタンを押す。ひとしきり会話が盛り上がって電話を切るとペンをどこに置いたのかがまったく思い出せない。ペンを置くときに十分注意が払われていなかったのが原因だ。
あるいは確定申告の書類を完成させ、封筒に入れて、切手もチェックして「よし、コンビニ行くときについでに投函しよう」と決意して机の上に置いたものの、コンビニの前を通った瞬間に「あっ、持ってくるの忘れた」と気がつくことだ。
「書類を投函する」という記憶がずたずたに忘却されてしまったわけではない。ただ、家を出るタイミングでそのことに注意が払われなかっただけだ。もし、玄関に「何か持って行くものは?」と張り紙がしてあったら、おそらく「そうだ、書類、書類」と思い出せたことだろう。
この「不注意」について書かれた第二章「忘れっぽい人の研究」は、ライフハック的な要素がたくさんつまっている。非常に面白い。
最後が「妨害」。これは「あっ、あの人の名前なんだけ・・・ここまで出かかっているのに」というやつ。これは舌先現象(TOT)という立派な名前があるらしい。人の名前が忘れられやすいのは、脳ではありふれた風景のようだ。だから普段会っていない人に名前を忘れられていても「失敬な!」と怒る必要はまったくない。
もし、自分は人の名前をきちんと覚えていたいと考えているならば、何かしらの工夫が必要になってくる。
たとえば?
それは本書を参考にしていただこう。EvernoteHelloなんかも面白いアプローチかもしれない。
Evernote Hello 1.1.1(無料)
カテゴリ: ライフスタイル, 仕事効率化
販売元: Evernote – Evernote(サイズ: 14.1 MB)
さいごに
一つ言えるのは、「私は物忘れしないから大丈夫」と無根拠な安心感に頼るのは問題、ということだ。物忘れしていることすら忘れてしまっていることも十分にありえる。
しかし、「私、記憶力があんまりなくて・・・」とか「僕、頭が悪いんで・・・」と言い訳を並べて、何の手も打たないのも同様にまずい。本書で紹介されているように、上記の7つのエラーは脳の「機能」だ。誰しもが抱えている問題といってよい。
もちろん、世の中には特別に記憶力が優れた人も(きっと)存在するだろうが、多くの人が「物忘れ」や「不注意」や「妨害」と日々付き合っている。その状況に対応するためには、まず状況そのものをきちんと認識する必要があるだろう。
本書を読めば記録することの大切さが身にしみてわかるかもしれない。
▼こんな一冊も:
インセプション [DVD] |
|
![]() |
クリストファー・ノーラン
ワーナー・ホーム・ビデオ 2011-07-20 |