0-知的生産の技術

「情報の整理」についての再考(上) 〜物忘れと「押し出しファイリング」〜

「物忘れ」というのは、なかなか嫌なものです。でも、それはある種の便利さの副作用と言えるのかもしれません。

ダニエル・L・シャクターの『なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか』で、次のような記述が出てきます。

なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか―記憶と脳の7つの謎 (日経ビジネス人文庫)
なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか―記憶と脳の7つの謎 (日経ビジネス人文庫) ダニエル・L. シャクター Daniel L. Schacter

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ある情報への需要は、それが最後に使われてから経過した時間と共に低下する。

たしかにそうですね。最近使った情報の方が、そうでない情報よりも再利用する確率は高いでしょう。アプリケーションの「最近使ったファイルを開く」がいかに便利かを考えればよくわかります。

したがって、時間の経過とともに情報へのアクセスをむずかしくするという記憶のシステムは、非常に機能的だといえる。

私たちは脳に対して「これと、これを忘れましょう!」と命令したりはしません。降り注ぐ雪のように記憶は自然に手の届かない場所へと消えていってしまいます。使用頻度が低い情報は思い出しにくくなり、やがてまったく思い出せなくなる、といった具合です。

つまり、私たちの記憶システムはこの規則正しさを利用して、ある情報を最近使っていなければ、おそらく将来も必要ないだろうと判断する。この判断は正しいことの方が多く、その場合には忘れたことは意識されない。ところが判断が誤っていた場合には、物忘れによるいらだちという形で意識されるのである。

たとえば仕事の同僚で「鈴木さん」という人がいたとしましょう。その人に会う度に、自分が知っている全ての鈴木という名字を持つ人の下の名前が思い出されたら相当にうっとうしいことは間違いありません。中学校の同級生でもう20年以上も会っていないような鈴木○○さんの名前は頭に上らなくてもよいのです。というか上って欲しくありません。そして私たちの脳は、実際それを実現してくれています。

しかし、20年ぶりに級友に再会したときに、はたと困る事態に遭遇するのです。「あぁ、なんで思い出せないんだろう」と。が、そのタイミングで鮮やかに思い出せてしまうような脳であれば、日常生活の鈴木さんとの遭遇でいちいち全ての鈴木さんの名前をマッチングする必要が出てきてしまいます。

私たちは日常的に「忘れられている」ことのメリットを意識しないので、「忘れてしまった」ことのデメリットばかりに注目しがちです。でも、きちんと忘れることは、部屋の整理で「不必要なもの」を定期的に捨てることぐらい大切なことです。

こう考えると、あらためて『「超」整理法』の「押し出しファイリング」というのはすげぇな、と思うわけです。

「押し出しファイリング」

一体「押し出しファイリング」というのがどの程度「一般的」な話になるのかわかりませんので、簡単に説明しておきましょう。
※詳しい話は『「超」整理法』を参照のこと

  1. 本棚に一定の区画を確保する
  2. 角形二号の封筒(A4の書類が入る封筒)を大量に用意する
  3. 机の上に散らばっている書類などを、ひとまとまりごとに封筒に入れる
  4. 封筒裏面の右肩に日付と内容を書く
  5. 封筒を縦にして、本棚の左端から順に並べていく

これで終了。あとは、新たに到着した資料や書類も同じように封筒に入れて、本棚の左端に入れるようにする。一度取り出して使ったものも、左端に戻す。つまり、最新の資料や作成したばかりの書類が左寄りに集まり、そうでないものはどんどんと右方向に「押し出されて」いくことになるわけです。

基本はたったこれだけ。プロジェクトごとに区画も作らなければ、封筒の中身によって選別もしない。分類による整理から、時間軸検索による整理への転換です。

このファイリングシステムは「ある情報への需要は、それが最後に使われてから経過した時間と共に低下する」の原則にピタリと一致しています。一度使ったものは、再び使われる可能性が高まるし、なかなか使われないものは今後も使われない可能性が高い。

情報の必要性とアクセスしやすさがみごとにフィットしています。しかも、その環境を維持するために必要な行動が「使ったら左端に戻す」というルール一点。手動のシステムとしては、最高にシンプルなルールです。このシステムを使っている本人は日常的に「整理」をしている感覚すらないでしょう。これがポイントの一つです。

いかに捨てるか

もう一つ押さえておきたいのが、廃棄基準の確立です。

物理的スペースには限界がある以上、資料の量が増えてくると必然的に何かを捨てる必要性が出てきます。棚を増やすというブルジョワジーな解法も存在しますが、それにも限界があるでしょう。

で、目の前に積まれた書類群を見て、「どれを捨てようか」と悩むことになります。まさか書類一枚一枚をチェックして「これはときめくかどうか」を判断することはできません。だいたいときめくかどうかなんて、その日のコンディションにも大きく左右されると思うので、書類の整理には向いていない方法でしょう。

「必要かどうか」を判断基準にすることもできそうですが、多くの書類は「なんとなく必要そう」な気がするものです。だから、なかなか捨てにくい。

しかし、「押し出しファイリング」では明確に「右の方の書類は必要ない」と判断できます。つまり、何か一つ封筒を捨てなければならないとすればそれは一番右だろう、ということが(まさに)目に見えて理解できます。特に悩む必要はありません。
※使用頻度が低くても、確実に将来的に使う可能性があるものは「神様ファイル」として扱われます。

この廃棄のための基準が確立されているのも「押し出しファイリング」のメリットです。

たいていのファイリングシステムは「いかに保存するか」を決めてはいても、「いかに捨てるか」を考慮していません。それはシステム開始の時点から、破綻が決定づけられているようなものです。システムを維持していくためには、何かしら捨てるための基準が必要です。

「押し出しファイリング」は、もう20年も会ってないから級友の鈴木くんの名前は思い出せなくても問題ないだろう、と脳が__判断したかどうかはわかりませんが__記憶を薄れさせていくのと同じシステムが出来上がっていることになります。

これほどシンプルな手順とルールだけで、機能的なシステムが構築されるのですから、すげぇと思うのは不自然なことではないでしょう。

さいごに

が、これはあくまで物理的スペースという限られた空間上に、物理的な書類を保管し、それを引き出して使うための方法論です。

野口氏も2008年発売の『超「超」整理法』でデジタルの整理法についてもすでに言及されています。時代は変化し、扱う「情報」の形は変わりつつあります。デジタル化あるいはクラウド化によって、新しい情報利用の形も生まれつつあります。

しかし、情報の整理について基本的に変わらない部分もあるでしょう。

次回は、「情報の整理」の差異と共通項について考えてみたいと思います。

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