ひねくれ者のアプローチ

二つの方法があるとしよう。

一つ目は、その時主流であったり、ある程度成果が保証されている方法だ。これをAと呼ぶことにする。

二つ目は、まったく主流でもなく、成果も保証されていない。むしろ、非効率的である、という評価が下されている。ただし、自分自身はその方法に共感が持てる。こちら側をBと呼んでおこう。

あなたは、揺れる。BかAか。

気分が高揚したときは、「そうだ、Bでいいんだ」と高らかに歌い上げたくなる。憂鬱に沈むときは、「やっぱり、Aなのか…」と自らが掲げる旗に疑いの視線を向けたくなる。

その反復の中で、「どちらが、正解なのだろうか」という疑問が湧いてくるかもしれない。しかし、その疑問は全力で却下したほうが良い。問いの立て方が不健全だ。

Bに固執し続けるのは、片方から見ると「こだわり」のように感じられるだろう。しかし、それは変化を拒んでいるだけにすぎない。

では、Aの方法に路線転換すればよいのか。それもまた違う。少なくともあなた自身はAよりもBに好感を感じていることは確かだ。そして、その感覚は個性の源である。それを無視して、安易にAに流れてしまえば「ひねくれ者」の矜恃は失われてしまう。

ようはバランスなのだ。

まず、Bの方法をじっくりと見つめる。自分が好感を感じているのはいったいどんな点なのか。自分自身の価値観と寄り添う要素は何なのかを見出す。

次にAを観察する。Aが成果をあげている理由を分析し、それを構成している要素を取り出す。

それらの要素をカードのように並べ、「うむむ」と頭をひねりながら__あるいは直感に任せながら__いくつかピックアップしていく。

そうして、AでもBでもない、新しいCという方法が生まれる。そのCはどことなくAの面影があり、Bに輪郭線が似ている。でも、まったく違った存在だ。

この存在は「どちらが、正解なのだろうか」の問い立てでは決して生まれてこない。

これがひねくれ者のアプローチである。そして、アイデアの生み出し方の一つでもある。

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