上司適性、というものを想像してみましょう。
現場の営業で優れた成績を残した社員が、その成果を認められて出世。10人程度の部下を持つようになる。
しかし、部下との関係性はギクシャクしており、信頼関係が築けない。ひたすら仕事に追われている感じがするのに、形ある成果がほとんど上がってこない。
こういう状況を見ると、「あぁ、あの人には上司適性がないんだ」と考えたくなります。ようは「向いていない」というやつです。
でも、本当にそうでしょうか?
ドラッカーのアドバイス
ドラッカーは、成果をあげるための基本的な習慣の一つとして、
「仕事や地位や任務が変わったときには、新しい仕事が要求するものについて徹底的に考えること」
を紹介しています。
これは、とても、とても、とても、とても大切なことです。
所有しているスキルの高度さ、知識の多さ、体力の有無などは仕事において確かに重要な要素です。しかし、上の問いの大切さに比べれば二の次、三の次と言ってよいでしょう。
上の問いを徹底的に考えて、自分に足りないものが見つかれば、その時点から学び始めればよいだけです。何が必要なのかが分からなければ、手持ちの武器だけでやっていくしかありません。
そして、手持ちの武器だけでやってしまうと、
「ハンマーの使い方が上手な人は、 あらゆるものを釘に見立ててしまう癖がある」
という名言が示すトラップに引っかかります。
上司に必要なこと?
優秀な現場社員が部下を持ったとたん成果をあげられなくなるのは、上司適性が欠落していたのではなく、むしろ「この仕事が要求するものは何なのか」を徹底的に考えなかったせいでしょう。
ようは、「別の仕事のやり方」を持ち込もうとしたわけです。これではうまくいくはずはありません。
その人が1から10まで完璧に仕事をこなす人であったとしたら、部下全員にも1から10の仕事を求め、しかも、そうできなければ「手を抜いている」というような判断を下してしまう、ということです。
想像してもらえればわかると思いますが、この環境はとても息苦しいものです。人にはそれぞれちょっとずつ差があるわけですが、その人から見るとそういったものは全て無視されています。自分の基準に沿って仕事ができる人・そうでない人という色分けしかありません。
最大の問題は、そういう環境では部下との信頼関係などまず築けない、ということです。上司が「使えないやつ」と見限り、部下も「分かってくれない」と嘆いている。パイプラインの入り口が両方から閉ざされている状況です。
こういう状況では伝わるはずの言葉も伝わらなくなってしまいます。上司が伝えたい想いも、部下が求めている助けの声もそれが相手の心に響くことはありません。
この段階で、その上司は「その仕事が要求するもの」を達成できていないということになります。彼の(あるいは彼女の)役割は、自分が仕事をこなすことではなく、部下に仕事をやってもらうことです。そのためには部下との心理的パイプラインをつないでおく必要があるでしょう。
それができていないのは、「それがこの仕事には必要だ」という認識が欠落しているせいです。その認識が得られれば、自分の仕事の進め方を根本レベルから見直す必要にも気がつくでしょう。そうなれば、もともと優秀なその人は、きっと新しい仕事においても成果をあげられるようになるはずです。
新しいゲームとルールの確認
こうしたことは「平社員」(という言い方を今でもするのかどうかはわかりませんが)から「上司」になった場合にだけ必要なことではありません。
転職したときでも、新しく仕事始めた時でも同様です。環境が変わったときには常に自問する必要があります。
環境が変わるということは、新しいゲームが始まるということです。ゲームを始める際には、まずルールをしっかりと確認する必要があります。
反則を取られてから「あっ、手を使っちゃいけないの?」とか、強烈なシュートを自陣のゴールにたたき込んで「あれ、反対のゴールに向かえばよかったの?」と言っているプレイヤーが成果をあげることは難しいでしょう。
サッカーの場合ならば、審判が「注意」してくれますが、仕事では同じようにはいきません。特に上に行けばいくほど、注意してくれる人は少なくなります。また、独立して一人で仕事をする場合でも同様です。
新しい環境に遭遇したときに、
「この仕事が要求するものは一体何か?」
を自らに問いかける習慣が、継続的に成果をあげるために必要になってきます。
さいごに
「変わらないでいるためには、変わり続けなければならない」
生物としては新陳代謝を繰り返し、「人」という形を維持している人間ですが、その精神は惰性に流されたり、偏見や思い込みに固められがちです。それはある面では仕方がないことなのでしょう。そうした方が「効率が良い」ことは確かです。
ただ、そうした方向を意識的に変えたければ、自問は有効なツールです。
「新しい仕事が要求するものについて徹底的に考えること」
も、精神の新陳代謝を促す自問の一つと言ってよいでしょう。あとは、それを使うかどうかの問題です。
▼こんな一冊も:
プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか (はじめて読むドラッカー (自己実現編)) |
|
![]() |
P・F. ドラッカー Peter F. Drucker
ダイヤモンド社 2000-07 |
仕事は楽しいかね? |
|
![]() |
デイル ドーテン Dale Dauten
きこ書房 2001-12 |
▼こんなエントリーも:
変化多き時代におけるアプローチ
4月が始まる前に少しだけ考えてみたいこと
書評 プロフェッショナルの条件(P・F・ドラッカー)
コンビニの若い店長がぶつかりそうな壁
1 thought on “変化に適応するための問い 〜たとえば、上司になったときに考えたいこと〜”