まるでミステリーのような印象のサブタイトルだ。
知恵―清掃員ルークは、なぜ同じ部屋を二度も掃除したのか |
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バリー シュワルツ ケネス シャープ Barry Schwartz
アルファポリス 2011-11 |
「清掃員ルークは、なぜ同じ部屋を二度も掃除したのか 」
一瞬、自分が掃除したことを覚えていなかった的な__つまり『メメント』的な__話なのかと思った。知恵という言葉も、その印象を強める。
しかし、実際はそうではない。原題は「Practical Wisdom」。つまり実践的知恵。清掃員ルークは、実践的知恵によって、同じ部屋を二度掃除したのだ。
清掃員の判断
少し想像してみよう。あなたは清掃員の仕事をしている。場所は大きな付属病院。病室を清潔に保ち、患者さんが過ごしやすいように備品を整えるのが職務内容だ。
あなたは昏睡状態の若い患者の部屋を掃除する。彼はケンカに巻き込まれ、全身麻痺の状態になってしまった。もう入院してから六ヶ月。その間、彼の父親は毎日病院に来ている。そして一日中彼に付き添っている。ただ、その日の掃除の際には、父親はタバコを吸いに出ており、部屋にはいなかった。あなたは掃除を終え、部屋を出る。
部屋に戻ってきた父親は、かっとしてあなたに怒鳴りかける。「おまえ、掃除してないじゃないか」と。たまたま彼が部屋にいないタイミングで掃除をしただけであって、いつもと同じようにあなたは掃除をし終えている。
さて、あなたはその父親にどう言葉を投げかけるだろうか。反論する?無視する?上司を呼んでくる?
ルークは「すみません。いまから掃除に行きます」と言って、もう一度その部屋を掃除した。これがサブタイトルが意味するところだ。そして、著者が言うところの実践的知恵の現れだ。
仕事の目的と実践的知恵
少なくともこの二度目の掃除は彼の「職務内容」には含まれていない。二度目の掃除をしなかったからといって、上司に怒られることはないだろう。ルーク自身もそのことは十分承知している。理で分があるのはルークであり、「間違っている」のは父親だ。
が、彼はどちらが正しいのかを争おうとはしなかった。父親がストレスを貯めていることを慮り、彼の気持ちが静まるように、しっかりと掃除をもう一度行った。つまり、父親の心境に共感し、自分が今すべきことを自分自身で判断した、というわけだ。
ルークはインタビューで、自分の”規定上の”職務は実際の仕事の一部にすぎないといい、他の中心となる仕事は患者や患者の家族にくつろいでもらうことや、落ちこんでいるときには励ましてあげること、力づけて、痛みから気を紛らわせてあげること、話したい気分のときには耳を傾けてあげることだと語った。
もし、ルークがチェックリストを粛々とこなすだけの作業員であれば、きっと二度目の掃除はしなかっただろう。彼は父親に反論したり、あるいは父親以上に腹を立てていたかもしれない。そこにはバランスといったものは存在しない。つまり、「作業をこなした」か「こなしていないか」の二つしかない。
しかし、ルークは自分の仕事をそういう風には見えていなかった。もっと違ったものを目的に設定していた。そして、その目的を達成するには、状況を把握し、適切な行動を自分で決めなければならない。「掃除しました」「してません」といったことではなく、今何が必要なのかを判断する必要があるということだ。
こうした判断を支えるのが実践的知恵である。
本書では、医師、弁護士、教師といった職業において実践的知恵がいかに有効なのか、あるいは必要なのかが紹介されていく。また、その知恵を磨いていくために何が必要なのか、それがあることで人生がどのように変わりうるのかまで語られている。
きっと、人生における仕事との付き合い方、人を教えるための心構えなどに興味がある人も何かしら参考になる点が見つかるだろう。
さいごに
ちなみに、『アナタはなぜチェックリストを使わないのか?』という本は本書と真逆の主張をしているように見える。しかし、この二つの本は脳とEvernoteのようにお互いで補完し合うような存在である。
チェックリストがうまく機能する場面があり、実践的知恵が必要とされる場面がある。どちらも大変に有用なものだと私は思う。
▼こんな一冊も:
アナタはなぜチェックリストを使わないのか?【ミスを最大限に減らしベストの決断力を持つ!】 |
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アトゥール ガワンデ 吉田 竜
晋遊舎 2011-06-18 |
メメント [DVD] |
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クリストファー・ノーラン
東芝デジタルフロンティア 2006-06-23 |
記憶障害を題材にした映画は、メメント以外で思い出すのが
ガチボーイという邦画があります。未見なら是非。結構面白いです。
>kakobonさん
ありがとうございます!チェックしてみます〜。