7-本の紹介

【書評】『それをお金で買いますか』(マイケル・サンデル)

あなたが列にならんでいたとしよう。別に何の列でも構わない。
ゆるゆると時間が過ぎるのをまっていると、後ろの男性から声をかけられた。

「すいません、とってもとっても急いでいるので順番変わっていただけないでしょうか?」

あなたはとってもとっても急いでいなかったし、一つ順番が後ろになったとしてもそれほど大きな時間の差にはならない。あなたはニコリと笑みを浮かべて「いいですよ」とうなずく。これがパターン1。

その男性が、こういう風に声をかけてきたらどうだろうか。

「すいません、急いでいるので10円払いますから順番変わっていただけないでしょうか?」

あなたはきっと微妙な顔を浮かべるだろう。では、これならどうだろうか。

「君お金あんまり持ってないんだろう。1000円やるから順番変わりたまえ」

もしパターン1から3まで全てにおいて「いいですよ」と頷けるならば、あなたは聖人君子かbotのどちらかだろう。パターン2と3にだけうなずくならば経済学者に違いない。

でも、普通の人間はそういうわけにはいかないのだ。

それをお金で買いますか――市場主義の限界
それをお金で買いますか――市場主義の限界 マイケル・サンデル Michael J. Sandel 鬼澤 忍

早川書房 2012-05-16
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概要

本書は政治哲学を専門とするハーバード大学教授マイケル・サンデルの新刊である。サンデル氏についてはもはや説明は不要だろう。ベストセラーになった『これからの「正義」の話をしよう』の著者だ。

もちろん本書も、哲学的なお話が繰り広げられている。話題の中心は「市場」。私たちは市場主義とどう付き合っていけばよいのか。これについて問題提起されている。

原題は『WHAT MONEY CAN’T BUY』(お金で買えないもの)。日本語訳とは微妙に雰囲気が違う。が、『それをお金で買いますか』はうまい訳だと思う。「(あなたは)それをお金で買いますか?」という問いかけは、問題を自分自身に引きつけて考えるきっかけ的な力を持っている。

タイトルの話は置いておくとして、お金で買える状態にすることで損なわれてしまうものがある、と著者は主張している。その損なわれてしまうものこそが、「お金では買えないもの」だ。

章立ては以下の通り。

序章──市場と道徳
第1章 行列に割り込む
第2章 インセンティブ
第3章 いかにして市場は道徳を締め出すか
第4章 生と死を扱う市場
第5章 命名権

市場主義の相対的メリット

「市場は効率を生む最も効果的なメカニズムである」

という文章を見て、どのような感想を抱くだろうか。「そうだ!そうだ!」と力強く腕を振り上げるだろうか。それともなんとも言えない嫌悪感を感じるだろうか。もし、嫌悪感を感じるとしたら、一体何が理由なのだろうか。

計画経済があまりうまく行かないことは、歴史が示してくれている。うまくいかないのは経済的見通しにおいて、完璧な計画を立てられるほど人間の知力が高くないからだ。不完全な計画に基づく行動で、しかもそれが修正されないとなれば行き着く先は目に見えている。

それに比べれば市場はいろいろなことを「自動的に」うまく回してくれる。価格のシグナルは、さまざまな調整を行ってくれるデキルヤツなのだ。

だからといって市場主義が完璧な存在だと断言できるわけではない。単に比較の問題として優れた点があるだけだ。

価格の限界

市場に載せるというのは「値段を付ける」ことを意味する。問題はここにある。

市場が調整できるのは値段が付けられるものだけだ。すると、

  • そもそも値段がつけられないものはどうするのか?
  • 値段を付けることで損なわれてしまう価値はどうなるのか?

といった疑問が出てくる。市場主義至上の人は、こういう問題には目を向けない。市場の中では完璧な調整が行われているのだから、そこに入りきらないものがどうなっても知ったこっちゃない、というわけだ。

でも、それで本当にいいですか?と本書は疑問を投げかけてくる。

ただし、その疑問は「市場に任せておけばOK」に比べるとひどくやっかいだ。市場に任せてはおけないものがあるとすれば、何によってそれを決めるのかを見極めなければならない。市場で扱ってもよいものと、そうでないものをどこかで線引きしなければならない。

この問題はそんなに簡単なものではない。少なくとも個人の倫理観や道徳観抜きに論じられるものではない。著者は本書を通して、それについて考える一つの土台を提示している。

さいごに

一番根本的な疑問を最後までスルーしてきた。

「値段を付けることで失われてしまうものなんてあるのだろうか」

という疑問だ。

これは本書内でも登場している保育所の話が例として面白いかもしれない。イスラエルの保育所の研究はいろいろ引用されているのでご存じの方も多いだろう。クレイ・シャーキーがTEDで行った「思考の余剰が世界を変える」でも紹介されている。

クレイ・シャーキー 「思考の余剰が世界を変える」(TED)

親が子どもを迎えに来るのが遅くなるのを防ぐために、保育所は罰金を取ることにした。で、どうなったか?

遅れるケースが増えたのだ。

この話については、ダン・アリエリーの『不合理だからすべてがうまくいく』でも紹介されている。

お金を導入すると何かが変わるのだ。価格のシグナルは、需給の調整以外にも何かしらのメッセージを私たちに発している。

そのメッセージが私たちの倫理観・道徳観と照らし合わせて是なのか非なのかを見極める必要があるのだろう。

▼こんな一冊も:

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