クリス・ギレボーとの共通点

先日紹介した『常識からはみ出す生き方』を読んでいて、ふ〜〜んと驚いたことがある。

常識からはみ出す生き方 ノマドワーカーが贈る「仕事と人生のルール」
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著者のクリスが持っている「考え方」と私のそれが似ているのだ。

完全に重なるものではないが、かといって全然違うとは決して言い切れない。そのぐらいの「似ている」加減が本のあちらこちらから感じられた。

ドロップアウター

一番大きな類似点は、すでに存在しているルール(日本では世間という言い方もする)に対する圧倒的なまでの不信感だ。もしかしたら「不信感」は適切な言葉ではないかもしれない。皆が「当たり前」と言っていることに対して、一ミクロンたりとも賛成・共感できない、というのが本当のところだ。

きっと世間一般の評価では、「社会的適応性に欠ける」となるのだろう。もちろん、社会に適応する力がまったくないわけではない。ただ、その社会が適応するに値するものなのかについての確信が持てない。この場合の社会は、多くの人が住んでいる単なる共同体、というだけではなく、日本のムラ社会的な意味合いも込められている。

たとえば、意図的に人を傷つけたり、財産を強奪しようという気持ちは起きない。これは前者の意味での共同体を守る「社会適応性」だ。しかし、他の人がやっているからという理由だけで、「よい高校→よい大学→よい会社→よき定年退職」の道を選択しようとは思わない。

わりと昔から、自分の価値観で、自分の選択を選んできた。他の人__主にはマジョリティに属する人__が何を選択するかをほとんど気にしたことはない。というか、多くの人が選んでいるのならば、意識的にそれを避けるという天の邪鬼的気質を持っていると言ってもよい。
※残念ながら、これはブロガー・物書きになっても続いている傾向だ。

するとどうなるか。

どうも「変わった人」扱いされることが多くなる。血液型で言うとAB型のような扱いを受けるわけだ。もちろん、私の血液型はAB型である。

一度「変わった人」認定を受けると、あとはだいたい楽だ。「あぁいう人だから」と心地よい距離が置かれる。当然出世コースとかそういうものからの距離はぐぐっと遠くなるが、はなからそうしたものを求めていないので、こちらとしてはまったく気にならない。

その代わり、自分自身に何が出来るのかについては、かなり気にする。

自分のスキルアップ

私は「本を書きたい」と思ったことは本を書くようになるまで一切思ったことがなかった。ただ、「文章が上手くなりたい」とは常々考えていた。有名人になったり、それなりのお金を積めば本を書くことは__一応__誰にでも可能だ。でも、本を書いたからと言ってそれが読者の心に残る、あるいは役に立つとは限らない。

私がこれまでの人生で読書から得てきたものは相当に大きい。できれば、自分もその「本」という文化の連なりに何かしらの貢献をしたいと思う。そこで必要なのは、単に本を出すことではなく、本を出せるぐらいの文章力を持つことだ。

実際私が20代の頃から、「本」という媒体を使わなくても、自分の書いた文章を見も知らぬ他人が読む環境は出来上がっていた。後は、そこで何を展開するのか、というだけの話だ。

本の中でクリスは”1000ワード基準”なるものを紹介している。

”1000ワード基準”、つまり僕は1日に最低1000ワード書くと決めているのだ。かならずしも1000ワードすべてが、発表に値する内容でなくてもいい。この場合、最終的な成果物よりも、この規律自体が重要だ。

知っている人は知っているだろうが、このR-styleも「2000文字」というおおよその目標を持って一つの記事が書かれている。長くなったり、短くなったりすることはあるものの、毎日毎日平均2000文字の記事を書き続けてきた。ちなみに、このエントリーでR-styleの「投稿数」は3002になる。もちろん、この全てが2000文字基準をクリアしているわけではない。ただ2年以上はこの形をずっと続けてきたように思う(記憶は徐々に曖昧さを増していくものだ)。

もちろん、これにははっきりとした意図がある。ブログのアクセス数ではなく、長期的に見た場合の自分の文章力の向上だ。当たり前だが、単に2000文字の記事を書くだけでなく、2000文字でも読んでもらえる記事にしようと努めている。文章の書き方もさまざまな試行錯誤をしてきたし、きっとこれからも続けていくだろう。

これを続けてきたおかげで、最近では2000文字の「呼吸」が理解できるようになった。この文字数で何がどのぐらい書けるのか(あるいは書けないのか)、そうしたことが感覚として(表現としては曖昧だが)わかるようになった。これはもう明確なレベルアップといって良いだろう。

たぶん、こうしたレベルアップを積み重ねていかないとドロップアウターが生きていくのは結構しんどい気がする。

さいごに

類似点の最後の一つが「村上春樹が好き」という点だ。これはまあ、ある程度の価値観が似ていれば好きな作家も似てくるというだけかもしれない。それに、同じ作家から影響を受けることで、価値観も近いものになるというループが回っている可能性もある。それはまあ、どちらでもいいことだ。

クリスの本を読んでいると、私が書きたかったようなことが随分と書かれているので、肩の荷が少し下りたような気持ちと、靴の中に入った小石のような嫉妬が微妙に入り交じって湧き上がってくる。

まあ、世界中を旅して回りたい欲望と、できれば地元から出ずに読書と執筆に専心したいという欲望では、向いているベクトルの向きはまったく違う。似ている部分もあれば、大いに逆向きの部分もある。

それもまた、自分の価値観とそれに見合った生き方の問題でしかない。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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