7-本の紹介

【書評】コンテナ物語(マルク・レビンソン)

10年以上、小売業界で仕事をしていました。

なので流通の話はわりと興味アリです。なんといっても、その二つは切っても切れない関係があります。

しかし、コンテナの話がこれほど面白いとは思いませんでした。

コンテナ物語―世界を変えたのは「箱」の発明だった
コンテナ物語―世界を変えたのは「箱」の発明だった マルク・レビンソン 村井 章子

日経BP社 2007-01-18
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※献本ありがとうございます

概要

本書の原題は『The Box』。つまり「箱」のお話です。『コンテナ物語』というタイトルは、原題のシンプルな雰囲気をうまく表現していますね。

「コンテナ物語」の始まりはマルコム・マクリーンというトラック運送業者。彼が「道路が渋滞しているんなら、海路で運べばいいじゃない」というアントワネット的発想に至ったのがコンテナ運送の萌芽でした。

その芽は大きく成長し、海運業を一変させただけに止まらず、トラックや鉄道などの陸運業にまで影響を及ぼし、最後には世界的な流通をも変えてしまった、というお話です。

3つの読み取り

本書からビジネス的視点(ないしは教訓)を読み取ろうとすると、次の3点が浮かび上がってきます。

  • マクリーンの見方
  • コストの影響力(上)
  • コストの影響力(下)

それぞれ簡単に紹介してみましょう。

マクリーンの見方

先ほど、アントワネット的発想と書きましたが、彼の物の見方は奇抜で独自性があります。アイデアに満ちあふれていると言っても良いでしょう。もちろん、失敗も多々ありますが、その分、誰もが考えつかない(あるいは考えついても手を付けようとしない)事柄にチャレンジし、そこからリターンを得ています。

彼はトラック一台から仕事を始め、やがて複数のトラックを所有する会社へと拡大していきます。恐らく最初にトラックを運転しているときから、「自分は”トラック運転手”ではない」と考えていたのでしょう。やや傲慢な表現を使えば「”トラック運転手”で終わるような人間ではない」という感じです。だからこそ、彼は常にビジネスの機会を、空腹の獣のように探し求めていたわけです。アイデアはそういう視点のもとに良く集まります。

コンテナ運送に至る発想も同じです。「自分の会社はトラックを使って物を運ぶ会社だ」と思い込んでいれば、船を使ってトラックを運ぶ、という視点にもなかなかたどり着かないでしょう。それを拡張して、海運会社を買収するというアイデアもきっと思いつかないはずです。

自社の(あるいは自分の)ビジネスをどう定義するか。これによって、出てくるアイデアの質やサイズは俄然変わってきます。

もちろん、お断りしておきますが大きいアイデアほど、転けたときの被害も大きくなります。それは本書の後半で語られている、彼のビジネスの失敗からもうかがい知ることができます。

コストの影響力(上)

この本を読んでいてはっと気がついたのが、物流というレイヤー層です。

インターネットによるグローバリズムの拡大、ということは確かにあるのでしょうが、ネットだけ普及していても市場が世界規模になることはおそらくないはずです。

コンテナの普及による世界物流コストの大きな減少(および計画性のある運搬計画)が、企業が「どこの国からでも素材や部品を調達できる」環境を生み出しています。つまり、コンテナ運送による物流レイヤーが土台を下支えし、その上にインターネットによる情報レイヤーが乗っかっているという構造です。

これは、考えてみればごく当たり前のことです。いくらAmazonでも国内運送が整備されていない環境では、日本のような早期配達を実現することはおそらく不可能でしょう。

ともかく、インターネットにしろ、コンテナ運送にしろ、コストを劇的に下げたことで大きな影響が生まれたことは確かです。

特定の金属をものすごく冷やすと「超伝導」な状態になり__電気抵抗がゼロになる、つま電気を送るためのコストがゼロとも言える__そこでは劇的なことが起こるらしいですが、それと同じことが物流や情報通信にでも言えそうです。きっと他の何かも当てはまる何かがあるでしょう。

コストの影響力(下)

が、注意したいことがあります。

金属をものすごく冷やすためには、何かしらのエネルギーが必要です。金属は勝手に冷えてはくれません。妙な表現ですが、コストを減らすために別のコストが必要になるわけです。

本書でも、「コンテナ運送」が実力を発揮するためにかなりのコストが支払われたことが描かれています。

単純に「コンテナ」を新しく発注するためのお金が必要、というだけの話ではありません。最適化した船、最適化した港、最適化したトラック・・・といった諸々の設備投資も必要です。

ただ、それはポンっとお金を積めば事足ります。足りない分は銀行やら政府のサイフを当てにすることもできます。

本書の中で一番印象に残ったのは、「変化への抵抗」というコストです。

「コンテナ運送」に特化した港では、大型のクレーンが導入され、スピーディーに荷物の積み下ろしが済むようになります。すると、沖仲仕(※)と呼ばれる荷役を専門にする人の仕事が激減してしまうのです。
※今は「港湾労働者」と書いた方がいいのかな。

むしろ物流コストの引き下げは、こうした人件費を大幅に削減できることによって実現されています。

当然、彼らは港のコンテナ最適化に大反対しました。世界の物流がどうなろうと知ったこっちゃない。これは俺たちの仕事だ。運送業側にしてみれば、頭痛の種です。しかし、彼らにとっては飯の種です。譲ることはできません。

結局この問題の解決には長い期間と相応のお金を必要としたそうです。

さいごに

現代にも、「コンテナ」が引き起こしたのと同じ問題が存在しています。おそらく「産業」というものに、いつまでも付きまとう問題なのでしょう。

何かしらの大幅なコストダウンは、仕事がなくなる人を生み出します。悪名高い「公共事業」一つとってもそうです。評論家的に「新しい産業が生まれてくれば、人材もそちらに移動する」と書くこともできるでしょうし、マクロ的にはそれは確かに正しい一面があります。

しかし、1960年代半ばに、もし自分が港で荷役をしていたとしたら一体どんな感じを受けたのか。あるいはどのような行動を取ったのだろうかを真摯に想像してみると、安易なことは言えません。それほど人間は合理的な存在ではないのです。

「コンテナ」の歴史とそれがもたらした変化をたどることは、これからの社会の変化について考える上できっと役に立つはずです。

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