5-創作文

【SHF】本棚を片付ける前に準備すること(前編)

王立魔術研究所の朝は早い。

といっても、倉庫にいるのは”助手くん”だけである。ようは彼の所属している研究室の朝が早いだけだ。おそらく他の所員はあと二、三時間はやってこないだろう。もちろん、彼の上司にあたるルリ=ハーレンも同様だ。昨日は遅くまで研究室に籠もっていたので、今日はお昼頃になるかもしれない。「助手くん!若い女性には、睡眠はとっても大切なんです」彼女の言い訳はきっとこんなところだろう。ちょうどいい。

小鳥のさえずりに耳を澄ませる。倉庫の中は薄暗く、少し寒い。別に外が暗いわけではなく、日光が直接差し込む窓が一つも無いだけだ。研究室の床が抜けた日に、大慌てで窓をふさぎに回ったのを彼は思い出した。もともと、倉庫には窓が少なかったのだが、本を長期保存するならば万全を期しておきたい。なにせ二度と手に入らない本もあるのだ。急場しのぎで作った”書庫”だが、とりあえず体裁だけは整っていることに”助手くん”は満足していた。

薄暗い空気に包まれながら、並んでいる本を眺める。書名ぐらいは間接光で判別できるが、じっくりと中身を読むならばロウソクかライトランプが必要だ。当然、書庫にロウソクを持ち込むのは厳禁である。
「ライトニング」
彼は手元にあるランプに魔術の力で明かりを灯した。
倉庫内に優しい光が満ちる。決して何も燃やさない、純粋たる光量を生みだす魔術。ランプにはそれを維持するための仕掛けが施されている。放置しておいても二時間ほどは、倉庫内の作業風景を照らし出してくれるだろう。
「よし」
彼は腕まくりをし、一番手前の本棚から本を一冊取り出して紙に何かを書き付け始めた。

「倉庫は助手くんの担当なのです。なので、助手くんの好き勝手に管理してもらって結構なのです」
研究所中から”変人”と目されているルリ=ハーレンはびしっと指を突きつけて、高らかに宣言した。助手くんは、無駄な抵抗であることを承知しつつも__いつものように__皮肉混じりに返さざるを得なかった。
「それって、面倒だからおまえに押しつけると言われている風に聞こえますが」
「ちがうのです!」
ルリはさらに指を突きつけてくる。くしゃみをすれば、目に突き刺さりそうな距離だ。
「私の役割は研究活動を行うことです。そして助手くんの役割はその研究活動を支えることです。お互いが、自分の役割をこなすこと。これがとっても大切なのです」
「本当に、僕の好きなように管理していいんですか?」
「もちろんです。私は私が読みたい本が出てくる環境が整っていれば満足なのです。それがどのように管理されているのかは気にしないのです。なので、まるっと助手くんにおまかせします」

こうしてルリから「書庫管理人」の位を助手くんが授かったのが一週間前。その時から、彼はずっと考え続けていた。
新しい本を管理する仕組みはもう出来上がっている。これはルリさんの発案だが、一枚の紙に一冊の本の情報を書き込み、それを研究室に届けるという流れだ。新しく購入した本は書庫に運ばれ、研究室にはその本の情報が載った紙が届く。というか助手くんが届ける。こうすれば部屋が本で溢れかえることはなくなる。本が必要になれば、その紙を参照して、倉庫から研究室に本を運べばいい。「まあ、本を運ぶのも僕なんですけどね」助手くんは誰にいうでもなくつぶやいた。
これはなかなかうまくできた仕組みだ。毎日のように新しい本が運ばれてくる環境に一定の秩序が生まれた。すでに多くの本紙__本の情報が載った紙__が生み出され、それが研究室と書庫を行き来するようになっている。が、その秩序は書庫全体には広がっていない。まったくといっていいほどに。

問題は、仕組みを導入する前から存在していた本だ。少なく見積もっても1000冊はあるだろう。なにせ研究室の床が抜けるぐらいなのだ。こういうのは場当たり的に対処してはいけない。仕組みを作るための、仕組みが必要だ。
助手くんはノートを広げ、研究室と書庫の大まかな配置をその上に記す。そして、紙と本の動きを矢印で表現する。最後に書庫の棚の部分に大きく円を描き、「ここをどうするか?」と書き加えた。

まず、一日でこの作業を終えることができないのは明らかだ。一枚の本紙を作るのに5分かかるとして、1000冊だと5000分。何日分なのか計算したくもない。それに他にも作業は山のように控えている。とすれば、一日に5冊分の本紙を作るのが精一杯だろう。それを毎日繰り返していく。あとは、作業の手が空いているときに、2時間ほど確保して一気に進める日を設ければ、進捗はそれほど悪いものではないだろう。それにルリさんは研究をどんどん前に進めていくので、古い本が頻繁に持ち出される可能性はけっこう低い。一年がかりで進めても大した問題はないはずだ。

ペースは計算できた。次は、本の配置だ。

急いで倉庫に本を運んだので、今の書架には何の秩序性もない。単に本が並べてあるだけだ。幸い頻繁には参照しないのでおおごとにはなっていないが、一昨日ルリさんが棚の端から端までをじーっと見て歩いているのに遭遇してしまった。きっと目当ての本が見つからないのだろう。「探すのお手伝いしましょうか」と尋ねると「気にしなくていいのです。こうして沢山の本の書名を眺めてみるのも研究の一環なのです」と断られてしまった。研究の一環とはいえ、研究時間を消費しているのは間違いない。これでは助手の役割がこなせているとは言えないだろう。
本がどこに置いてあるのかをすぐに見つけ出せる秩序を作らなければいけない。そして、それは新しい本がいくつも入ってくる環境を想定したものでないといけない。

さて、どうしたものか。


※当コンテンツは以下の小説のスピンオフです。

【SHF】本を片付ける最中に本を開いてはいけない(前編)
【SHF】本を片付ける最中に本を開いてはいけない(後編)
(なんかカラフルな生活)

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