断片からの創造

隠しブロックの学習

スーパーマリオをやっていると、時々「隠しブロック」に遭遇します。

一見すると何もない空間なのに、ジャンプしてみると、ブロックにぶつかる。ブロックにぶつかることはブロックを叩くことと同義なので、コインを1枚ゲット。棚ぼた的ラッキー感がありますね。

さらに、そのブロックが足場となって、これまででは行くことのできなかった場所にジャンプしてたどり着けるようになったりもします。

プログラマーが意図的にそこに配置しているので「裏技」とは言えませんが、ゲームを楽しくする要素としてはなかなかのものと言えるでしょう。

隠しブロック体験

この「隠しブロック」を一度体験すると、面白いことが起きます。

ステージを進めていく間、「あれ、この辺隠しブロックあるんじゃないか」と探し始めるようになるのです。つまり、何もないように見える空間をジャンプして回るようになるのです。

到底届かない場所にアイテムがあったりすると、「おそらく、ここらに違いない」と推測が働き、それを確かめるようにジャンプボタンを連打。うまく見つかれば、してやったり感がいっぱいになります。

そうした体験を積み重ねると、もうあちらこちらに隠しブロックがあるような気がしてきます。他人から見れば「いや、そこには無いだろう」と思えるようなところでも、とりあえずジャンプしたくなってくるのです。

大半は空振りに終わるのですが、ごくたまに他の人が見逃すであろう隠しブロックを見つけて、してやったり感はさらに高まります。

見えない学習

興味深い点は、この「隠しブロック」というシステムについて__初代のマリオでは__特に説明がありません。いや、もしかしたらあったのかもしれませんが、私は説明を受けた覚えはありません。

それでも、ゲーム中に隠しブロックと遭遇しています。

もちろん、これはたまたまというわけではなく、ゲームデザインの結果です。ここはジャンプするしかないだろう、という場所に隠しブロックが配置され、普通にゲームを進めるのであれば、遭遇せざる得ないようにステージが設定されているのです。

その結果、特別なチュートリアルを体験しなくても、プレイヤーは「隠しブロック」を学習し、誰から言われることもなく、次からは自分で隠しブロックを探すようになります。

ある意味で、これは効果的に設計された学習と言えるでしょう。プレイヤーは__それが誰かの設計であることを十分承知しながらも__隠しブロックを自分で「発見」します。あるいは発見したように感じられます。

その発見の感覚が、自発的な次なるブロックの探求につながっていきます。

単純に考えれば、取説に「何も無いように見える空間にも、隠されたブロックがあります。頑張ってジャンプしてまわりましょう」と書かれていても同じことのように思えます。

しかし__何の根拠もありませんが__この二つが同じであるとは私は到底思えません。

さいごに

さて、上に書いてきた「隠しブロック」のお話は、「アイデア」や「発想」に置き換えることもできるかと思います(置き換えて読み返してみてください)。

そうすると、「発想法に関する効果的な学びとは一体どのように設計されるべきなのだろうか」ということに思いを馳せざるを得ません。

もちろん、それに対する答えを私はまだ持ち合わせていませんが、とても興味深いテーマです。思わずジャンプしまくりたくなってくるぐらいには。

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