「タスク」の研究

気をつけたければ…

「以後、気をつけます」

というセリフを聞くと、心の中の意地悪な悪魔がフォークを片手に叫び始めます。

「気をつけるって、どうするの?一体何をするの?」

と。

中身はどうなのよ

もちろん、社会的な文脈において、その言葉がもっともふさわしい場面というのは確かに存在します。そう言うしかない、そう言わないと不自然、そんな場面です。だから、いちいちそれにツッコムのは大人げないかもしれません。

しかし、それはそれとして、「気をつける」って一体何をするんだろうか、という気持ちはワイシャツに残ったワインのシミのように消えてくれません。口からエクトプラズムを吐き出して、それを付けて回るのでしょうか。実に不気味なシーンですね。

ちなみに、似たような言葉は他にもいくつかあります。

「今後は注意します」とか「次はもっと頑張ります」がそれです。

「もっと頑張る」って一体何をどうするのでしょうか。体内にまとう金色のオーラを「はあ〜っ!」とか叫びながら二倍ぐらいにするのでしょうか。

まあ、これも大人げないツッコミです。その人の中には「こうやる」という思いがあって、それを社会的に通用しやすい表現で伝達しようとしているだけなのでしょう。深く考えても仕方ありません。

そういう意地悪なツッコミはまるっきり横に置いといて、「気をつける」って具体的に何をどうすればいいのだろうか、ということを考えてみたいな、というのが本エントリーの主旨です。

気をつけるために必要なこと

まず、結論からいきます。

「気をつけたければ、記録を付けよ」

うん、実に簡潔ですね。いや、もうこれ以上の説明は必要ないかもしれません。気をつけようと思った事柄を書き記しておけ、ということです。

たとえば、何か商品を乱暴に扱ってしまい傷を付けてしまった。「次回からはもっと丁寧に扱うように気をつけます」。こういうセリフでその場は収まります。

で、自分の手帳なりノートなりEvernoteなりに、「商品を丁寧に扱うこと」と書いておく。できれば、どの商品をどんな風に扱うのかまで掘り下げておきたいところ。そして、仕事する前、あるいは商品を取り扱う直前にそれを見返します。

その一連の行動が「気をつける」という行為です。

人間の根本的な問題として、ある瞬間「気をつけよう」と思ったとしても、別の瞬間(時間的に少し先)にはそれを覚えているかどうかが定かではありません。これはどうしようもないことです。

「肝に銘じる」とか「心に刻み込む」という表現もありますが、もちろん比喩でしかありません。

気をつけるべき対象、内容、タイミングを明らかにし、それを忘れないように(あるいは思い出せるように)すること。それが本当の意味での「気をつける」という行為です。

ようは「気をつけよう」と思っただけで、気をつけられるようになるとは限らないということです。

さいごに

自分が「気をつける」という言葉を使ったのならば、「じゃあ、具体的にはどうするか」をしっかりとイメージしておくとよいでしょう。

こういう場合に、インボックス、カレンダー、リマインダー、レビュー、チェックリストは大活躍します。自分があるタイミングでその情報を確認することが「規定事項」になっているのならば、気のつけやすさはぐぐんと上がります。

これはある意味で「守りの仕事術」と言えるでしょう。これは攻めの仕事術と同じぐらい大切なものです。

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