当たり前のセイギのヒーロー

「隊長、これを」
僕が白い封筒を差し出すと、隊長は灰色の眉をひそめた。HBの鉛筆を装着したコンパスでスッと引かれたような目も決して笑ってはいない。
「どうしても変わらないのか」
隊長の視線は封筒に向けられたままだ。辞表、という毛筆の文字が白い封筒に陰鬱な雰囲気を与えている。
「はい。僕はもう続けていける自信がありません」
「もう少し頑張ってはみないか。きっと変わるときもやってくる」
息を少し吐く。
「申し訳ありません。自信がない、というよりも、続けたくない、というのが、本当の気持ちです」
感情を押さえ込むために、できるだけ言葉を区切る。
「しかし、この任務をこなせるのはおまえだけなんだ。他の人間には到底つとまらない。君にしか世界は守れないんだ」
隊長は看板に書かれた店名を読み上げるかのようにそう言う。彼は何もわかっていない。
「どうして、僕が世界の先行きに責任を持たなくちゃならないんですか。しかも命を賭けてまで。僕が最前線で悪の組織と戦っているとき、あなたは何をしていましたか。いや、答えなくていいですよ。別にそのことは悪いわけじゃない。僕は僕の仕事をこなし、あなたはあなたの仕事をこなす。ただそれだけのことです」
一度吐き出した感情は、ようやく居場所を見つけた魚の群れのように自由に広がっていく。
「でもね、僕がそうして自分の仕事をまっとうするのは”当然のこと”なんですよ。彼らの中では守れて当然、そうでなければ非難囂々。僕だって不完全な人間です。そりゃ、間違ってビルの一つぐらい壊してしまうこともありますよ。でも、ちゃんと怪獣を撃退しているじゃないですか。被害がそれ以上拡大するのも防いでいる。でも、その戦いの後どうなりました。ひっきりなしに電話がかかってきて、僕はノイローゼになるかと思いましたよ。やれ”もっと地味に戦え”だとか”おまえら別の場所に行け”だとか。あいつらはいったい何様なんですか。文句を言っているだけで地球の平和が守られるなら、こんなに簡単な話はありませんよ。でも、彼らはそれが当然だと思っている。セイギのヒーローは何の見返りもなく、命をかけて地球の平和を守るのが当然だと思っている。僕は、もうそういう中で戦うことはできません。そんな意欲は一切立ち上がってこないんです。彼らによってぽっきりと折られてしまったんです」
「だが・・・」
「隊長は代わりがいないとおっしゃっていましたが、いるじゃないですか。タナカとかサトウとか」
僕は同僚の名前を挙げる。
「サトウは立派なヒーローを兄に持っているんだ、きっと同じように勇敢に戦ってくれるでしょう。タナカはお金が大好きなので、報奨金を上げてやればきっと命すらかけて戦ってくれますよ」
隊長が彼らの力量に疑問を感じていることは知っている。二人がかりでやっと中型怪獣を退治できるぐらいだろう。それでも仕方がない。僕は、この環境では戦い続けることはできない。
「先代のタケオさんが辞めていく姿を眺めて、僕は不思議に思ったんです。なぜこんなに素晴らしい仕事を辞めてしまうんだろうと。でも、今ならその気持ちがよくわかります。給料の多寡でもなく、危険度の大小でもない。当たり前の中でセイギのヒーローは続けられないんですよ」
隊長はもう何も言わなかった。僕の胸の中にも、もはや告げるべき言葉は残っていなかった。どうしても消せない線が確かめられたのだ。
そうして僕はセイギのヒーローを辞職した。今のところ世界の平和はなんとか守られているようだ。

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Category Allegory 倉下忠憲

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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