Rashita’s Christmas Story 4

人の心が色で見えるなら、この街はどんな風に見えるだろうか。
白い息を吐きながら、健介はそんなことを考えた。

信号待ちの向こう側には大量の人がうごめいている。喜びで満ちあふれている人の心は赤色、暗く沈んだ人の心は緑色。さて、どんな色が浮かび上がるだろう。
街は賑やかだ。不景気、不景気と騒がれる世の中でも、クリスマスだけは例外のように扱われている。しかし、実体は違う。売れるケーキの単価は下がり、靴下型のお菓子セットも売れ残る数が年々増えてきていると、依頼先のコンビニ店長が去年仕事の合間に話していた。どこも大変なのだろう。サンタの派遣仕事だって来年は無いかもしれない。
ダウンジャケットのポケットにしっかりと手を突っ込み、健介はゆっくりとした足取りで派遣会社のビルへと向かった。

仕事の前に簡単な説明会があった。サンタの衣装が手渡され、基本的な注意事項が口頭で説明される。世の中は実に簡単にできていて、この季節に赤い衣装で身を包めば誰だってサンタになれる。しかし、各企業向けにサンタを派遣するとなると話は別だ。サンタの立ち振る舞いで、その企業への印象が大きく変わってしまうこともある。当然、それは来年以降の仕事にも響いてくる。
細いフレームの眼鏡をかけた担当者が、「サンタの礼儀作法」と書かれたチェックリストを一つ一つ読み上げていく。健介を含む同僚は全てサンタ経験者であり、あくび混じりで聞いているものもいた。「くれぐれも、子どもさんに対して失礼のないように。あと、サンタの衣装を着てタバコを吸うのは厳禁です。では、よろしくお願いいたします」。簡単に声だしの練習をした後、衣装に着替えるために割り当てられたロッカールームへと向かった。

ガタンッ。
自動販売機から缶コーヒーを取り出す。アツアツのカフェオレだ。着替え終わっても、1時間ほど余裕があった。健介の派遣先は近場で、歩いて10分もかからない。先ほど説明を受けた会議室が開放されており、似たような境遇の同僚4、5人がそこで時間を潰している。健介もそれに加わることにした。
手近な椅子に腰をかけ、カシャッとプルトッブを引きながら、周りを見渡す。皆、健介と同じぐらいの年齢だ。30代半ばから後半で、会社の給料だけでは生活が厳しい。特に稼げるようなスキルもないので、サンタの派遣のような短期かつ技術を必要としない仕事はたいへんありがたい。実際にそういうことを確認したわけではないが、雰囲気でなんとなくわかるものだ。まるで不文律が存在するかのように、プライベートの話は誰もしない。会社への不満、社会への不満、政治家への不満。世界は、不満をぶつける対象には事欠かない。自分から探さなくても、誰かが教えてくれる。
不満は麻薬のようだ。それを口にしている間は、自分の現実から目を背けることができる。しかし、確実にそれは何かを蝕む。まるで、呪いのように。
日本中の呪いがこの部屋の中に集まっているようだ、そう思うと、ふと等価交換をテーマにしたアニメを思い出した。大きすぎる願いには、必ずそれに等しいだけの対価が必要になる。そんなことを語っていたアニメだ。
サンタは世界中の子どもに希望を運ぶ。その対価とは一体どのぐらいの大きさになるのだろうか。
健介は、会話の合間に質問を放り込んでみた。
「サンタに必要なものって何だと思います?」
あまり深刻さがないように言ってみたが、ネタとして捉えられたらしい。
「そりゃ、サンタ服だろ」
「いやいや、まずプレゼントじゃないっすか。むしろそっちがメインでしょ」
「まあ、受け取る側は、誰が贈ってくれても気にしないわな。それが父親でもサンタでも」
「むしろ、最近では知らない人から物をもらっちゃいけません、って教育もあるみたいだから、サンタは変人扱いされるんじゃないですか」
部屋中に笑いが満ちあふれるが、どこにも希望は見つからない。やはり対価は支払われているのだろう。

そろそろ行こうか、誰かのそんな言葉で各自が準備し始める。缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れ、健介も派遣先に向かおうと会議室を出る。なあ、おい。後ろから声をかけられて、健介は振り向いた。部屋の隅の方でずっと黙っていた五十歳近い白ヒゲのおっちゃんだ。サンタというものがもし存在するのならば、こういうイメージだろうな、と思われるぐらいサンタ服が似合っている。きっと赤ら顔の影響もあるのだろう。
「おまえさんは、サンタって何だと思う?」
「サンタですか。そりゃ、子どもたちにプレゼントを運ぶ気の良いおじいさんじゃないですか」
いいや、ちがう。そういって首を振るおっちゃん。
「あいつらは、ああ言っていたが、実際サンタにプレゼントなんか必要ないんだよ。プレゼントなんていうのはおまけでしかない。だいたい考えてもみたまえ。一体誰がサンタからプレゼントをもらったことがある」
そういって、じーっと健介の瞳をのぞき込む。
「この世界中で、サンタからプレゼントをもらったことのあるやつなんて一人もいない。でも、サンタはサンタとして存在している。結局プレゼントうんぬんは付け足しでしかない」
「でも、プレゼントを配るからこそのサンタじゃないんですか」
「ようはな、こういうことさ。サンタというのは善意の象徴なんだ。この世界には善意というものが存在している、そういうメッセージを伝えることがサンタの存在理由であって、プレゼントはそれに付随する要素でしかない。そうじゃなきゃ、父親なり母親が、サンタの存在を媒介せずに、愛情いっぱいにプレゼントを贈ればいいじゃないか。そうだろ」
「つまり、なぜ現代にまでサンタクロースという概念が生き残っているか、ということですか」
「まあそう言ってもいい。これはな、一つの祝福なんだよ。愛情という因果関係に縛られていない存在からの祝福。そこには合理的経済性も、囚人のジレンマも、等価交換も一切存在しない。そういうものがただある、というだけで人はこの世界に希望を抱けるものなんだ。だから、サンタの仕事は祝福と希望を配ることと言ってもいい。それは派遣のサンタだってかわりはしない」
そういって、バシッと健介の肩を叩き、おっちゃんは右足を引きづりながらエレベーターへと向かっていった。あの足だと長時間立っているのは堪えるだろうな、と考えながら健介も足早にその後を追った。

寒さは一段と増していた。雪が降るかもしれない。
健介は信号を待ちながら、再び大量の人に視線を向けた。頭の中で赤と緑のイメージがグルグルと回り始める。その混沌としたイメージは、やがて大きなもみの木の形にまとまり始めた。ただ、その木はあまりにも大きすぎて、てっぺんがまるで見えない。首が痛くなるぐらい見上げても、最上部はかすんでしまっている。しかし、そのてっぺんには光り輝く星が誇らしげに存在しているような気配が感じられる。その星の存在を想像すると、ほんの少しだけ寒さが和らいだような気がした。
去年と同じ派遣先のコンビニに着いた健介は、少し顔を赤らめながら、今日一番の大きな声で挨拶をする。
メリークリスマス!

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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