「タスク」の研究

生産的である、ということ

昨日、アーロン・シュワルツについての記事をいくつか読んでいたら、次のようなページに遭遇した。

HOWTO: Be more productive

大丈夫、慌てなくてもよい。ここに日本語訳のページがある。

最近のライフハック・仕事術の骨子は、ほぼここにあると言ってもよいだろう。

要点はごく簡潔だ。「より、生産的になろう」。でも、どうやって?

その前に、「生産的」について考えてみようじゃないか。

「生産的」

私はあまり「生産的・効率」という言葉が好きではない。もちろん、自分自身の業務改善を手がけるのは好みだ。趣味であると言ってもよい。ただ、それとは別に安易に「生産的」という言葉を使いたくないのだ。

この素晴らしく魅力的な言葉は、何かを覆い隠す。「生産性向上」とお題目のように唱えていれば、ある種の事柄から目を反らすことができるのだ。そこがどうも気にくわない。

実は、生産性の向上の前にやらなければいけないことがあるはずなのだ。

『ザ・ゴール』の中に、ジョナ教授のこんなセリフがある。

「生産的であるということは、自己の目標と照らし合わせて何かを達成したということなんだよ。違うかい」

その通りだ。「生産的」であるかどうかを測定するためには、まず目標が存在しないといけない。「役に立たない」ものを一時間に二倍生み出せるようになったとしても、何一つ生産的にはなっていない。当たり前?そう、当たり前だ。

だからこそ、四則演算のようにきちんと踏まえておくことが大切である。

一つ言えることは、実体の掴めない「生産性」を最初に持ってきてはいけない、ということだ。目標が(あるいは為すべきことが)はっきりしている人はそれでよい。ただ、それが欠如している人はまず目標を見定める必要がある。目標が欠落した穴に、生産性向上を詰め込んではいけないのだ。

レッツトライ

その段階を過ぎれば、「生産性・効率」という言葉はバンバン使っちゃってかまわない。どういう状態になれば生産性が上がったと言えるのか、何を為せば効率アップと言えるのかが分かっているので混乱することもない。

では、さっそく取りかかろう。

先ほどの記事でアーロンは、二つの要素を上げてくれている。

  • 各種の時間をできるだけ有効利用するということ
  • 時間の質をより高くするよう心がけるということ

二つとも「時間」に対するアプローチだ。なにせ有限の資源である。知識労働者にとって、常にボトルネックになるもの、それが「時間」だ。有限である以上、「大量に買い入れて、仕入れ値を下げる」というアプローチは使えない。誰しもが自分の24時間でなんとかやりくりするしかないのだ。

結局の所、手持ちの時間をより良き対象に使えるようにすることと、使った時間でより良い成果が出せるようにするしかない。

時間の有効利用

アーロンの記事を大ざっぱなまとめると、次のようになる。

  • 何に取り組むかを自分に問いかけよ
  • ひとつだけでは、多すぎる(※)
  • リストを作り、それを見よ

どれもこれも有用である。これ以外にも、実行する順番や時間帯に気を配ることで有効利用度を上げることはできるだろう。

※『思考の整理学』(外山滋比古氏)より

時間の質

アーロンは、物理的制約と精神的制約の解消という二つのポイントを上げている。

物理的制約は、クラウド、スマートフォン、SNS、的な話へとも流れていくだろうし、逆に紙の書籍や手帳といったもののメリットにもつながっていく。

精神的制約は、重要度が高く、アプローチも多い。マインドハックスとして一つの分野を形成しうる要素だろう。

タスクに取りかかれない気分(いわゆる先送り問題)にどう立ち向かうのか。とりあえず「やる気を出す」という答えでないことは確かだ。そんな便利な精神コマンドがあるなら、私もぜひ使ってみたい。ようは、やる気を出すためには、どうしたらいいのか、という具体的なアプローチが必要なのだ。

アーロンの記事に並んでいる要素は、決して目新しいものではないが、それはつまり「定番」と呼べるほど効果があるということだろう。

もう一つ、時間の質の高め方

二つの制約を取り除く以外に、これまたごくごく基本的なことだが、「自分のスキルを上げる」ことも時間の質を高めてくれる。表現を揃えれば、技能的制約を取り除く、となるだろうか。

こんなことは技術者にとっては当たり前の話なんだろうが(あるいは、知的好奇心を満たしているだけで技能を高めているという意識すらないのかもしれない)、自分に出来ることが増えれば、あるいは自分の行動の正確性が上がれば、時間の質は高まっていく。

もちろん、「自分のスキルを上げる」ことにも時間という投資が必要であり、まるで年金機構の投資家のように、時間の投資先に頭を悩ませるようなこともあるのかもしれない。ともかく、バランスを取ることが大切だ。

さいごに

アーロンの記事の投稿日が2005年だったのを見て、この7年間ぐらいは一体何だったんだろうな、という気がしてきた。無闇に発散を繰り返すだけで、ほとんど誰も収束させたものを作っていないような気がする。だから、同じ話題が何度も形を変えて語られる。ベースが存在していないからだ。

体系立ててまとめるのは面倒だし、新しい話題について発散させている方が楽しいのは間違いないが、どうも焼き畑農業的な印象を受けてしまう。結局、その分野はそこからの一歩が踏み出せないのではないだろうか、という気がしないでもない。つまり、この分野そのものに「生産的なのか?」という問いをぶつけてしまいたくなるのだ。

まあ、どこかしらで、何かしらの力学が働いているのかもしれないが。

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