こうしてブログを書いていると、まあ、その何というかネガティブなコメントにぶつかることもあります。本の著者であっても同じことです。人生の道のりは長く、険しいものです。
そんなときに活躍するのが「スルー力」。といっても、それは「ガン無視する」というのとはちょっと違います。
スルーする感覚
『負けない技術』という本の中で、桜井章一さんが「スルーする感覚」について書かれています。
私は、なにごとに対しても”スルーする感覚”を持っている。それは、たとえるなら、一度自分の中に通してから後ろに抜いていくような感覚である。
この「一度自分の中に通す」という感覚が、結構大切だなぁ〜としみじみ思います。近づかない、無視する、敵視する、というのではなく、とりあえず一旦取り込んでみる。そして、それを検分した後に、そっと逃がす。
たとえば、”いいもの”は自分の中に留めておきたいものだが、私は必要以上に留めることをせず、そのままスルーする。反対にそれが”嫌なもの”であっても、放り投げたり、無視したりせず、必ずスルーしてその存在を確かめる。「まあ、とりあえず全部受けときましょうか」、そんな感覚で私はものごとをスルーしている。
桜井氏は”いいもの”であっても”嫌なもの”であっても、同じようにスルーしておられるようです。
”いいもの”のスルーは難しいですが、確かに「こだわり過ぎ」「囚われすぎ」な状態はバランスが欠落しているといってよいかもしれません。
”嫌なもの”については、こんな風に書かれています。
”嫌なもの”もまったく無視してしまうと、なぜ嫌なのか、なにがダメなのかわからないままに終わってしまう。
私もTwitterなんかを見ていると、イラッ、とかムカッ、とするつぶやきをたまに見かけます。でも、それをそのまま放置せず、一旦取り込んでみると、なぜ、自分がそれにいらつきを感じているのかが徐々に見えてきます。
時には、発言の内容ではなく言っている人にいらつきを感じていることもありますし、あるいは単なる同族嫌悪(自己嫌悪を他人に投射しているだけ)なこともあります。なにが原因であれ、そうして一度自分の中を通してみると、必要以上に心が惑わされることはなくなります。
さいごに
見ないようにしていると、影は大きく成長していくものです。また、光が当たりすぎると焦げてしまいます。
多少勇気は必要でしょうが、”いいもの”も”嫌なもの”も、一度自分の中に通してから後ろに抜いていく感覚を試してみてもいいかもしれません。
負けない技術──20年間無敗、伝説の雀鬼の「逆境突破力」 (講談社プラスアルファ新書) |
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桜井 章一
講談社 2009-09-18 |
初めまして、HORNETと申します。
スルーする感覚を持つのは難しいですが、なんとか会得できるものだと思いました。
これからも心を惑わされることなくSNSと付き合っていければと思います。
良記事ありがとうございました。
>HORNETさん
コメントありがとうございます。スルーする感覚はやはり徐々に慣れていく必要があるものだと思います。ある種の「訓練」みたいなものが必要ですね。SNSは適切なバランスを持って使えれば、非常に楽しいツールだと思います。