断片からの創造

カード化のメリット

最近、MacのKeynoteで自作の電子カードを作るようなことをしている。

screenshot.4
※詳しくはこちらこちら

こうしたものを自作してみて、一つ気がついたことがある。カード化することのメリット、というやつだ。

読みやすい、ということ

情報をカードに書き込むメリットはたくさんある。詳しい話は『知的生産の技術』を読めばある程度はわかると思うので、本稿では割愛する。軽くまとめると、「情報を物質化する」というのが主題になってくるだろう。

そうした要素以外のメリットに気がついたわけだ。

そのメリットをごく手短に言えば、「形式が揃うことによる認知的負担の軽減」だ。

上の画面写真を見てもらうとわかるが、カードのレイアウトは統一されている。大概のカードは同様だろう。トランプだってそうである。スーツや数字が表示される場所は、基本的にどのカードでも共通だ。ジョーカーという例外はあるものの、ほぼ全てのカードの形式は統一されている。

あるカードを見て、次のカードをめくる。その時、私の脳は「この場所には、これが配置されている」ということがすでに理解している。予習はばっちり、というわけだ。当然、授業に苦痛を感じることはない。

最初のカードのレイアウトの意味さえ把握してしまえば、二枚目以降の情報処理はより簡易に進められる。

これが、サイズもレイアウトも揃っていないカード束だとそうはいかない。一枚ごとに、新規で情報処理を行う必要がある。これは結構負担だ。

また、カードは基本的に手のひらに収まるサイズであり、ぱっと見て内容が俯瞰できるようになっている上、載せられる情報量に限りがあるので、どうしても要素を要約して配置せざるを得ない。時にはイラストも活用される。これも、認知リソースを節約する効果がある。

さいごに

それがどうしたの?と言われると、ちょっと困るわけだが、ある種のことは言えると思う。

つまり、見た目の形を含む「形式」が整っている一群は、一連の作業内であれば認知的負担は軽くて済む、ということだ。そして、認知的負担が少ないほど、脳のリソースが空く。「智慧カード」や「The Oblique Strategies」といった創造性に関わるものがカードの形をしているのは、ある意味で必然的と言えるのかもしれない。

「何を今さら」な意見かもしれないが、Keynoteで上のカード群を作っている際、全てのカードをチェックしようとしてスライドを次々と送っている間中、自分の視線が定位置からほぼ動いていないことに気がつき、「なるほど、そうか」と思い至ったのだ。

実際に認知リソース量の増減を確認したわけでもないし、対照実験を行ったわけでもないが、視線の動きというのは時として雄弁に何かを語る、と思う。

▼こんな一冊も:

知的生産の技術 (岩波新書)
知的生産の技術 (岩波新書) 梅棹 忠夫

岩波書店 1969-07-21
売り上げランキング : 730

Amazonで詳しく見る by G-Tools

智慧カード3
智慧カード3
株式会社マグネットデザイン
売り上げランキング : 66766

Amazonで詳しく見る by G-Tools

1件のコメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です