ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』はセルフコントロールに役立つ知見が盛りだくさんである。まさに「ジブンのトリセツ」と呼ぶことができるだろう。
ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか? |
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ダニエル・カーネマン 友野典男(解説)
早川書房 2012-11-22 |
この本によるとセルフコントロールと認知的努力は知的作業の一形態らしい。同じCPUの元で動いている別のアプリケーション、ということだ。
だから認知的に忙しい時には、セルフコントロール力が低下してしまう。動画を再生しながら、Evernoteの同期をし、アプリケーションのアップデートを実施しつつも、iTunesで音楽を楽しんでいる状況で、ウィンドウを動かそうとすると反応が鈍くなる。そんな感じだ。
認知的負荷が高い状況(認知的努力をたくさん必要とする状況)では、セルフコントロールはうまく発揮されない。
また、「自我消耗」もやっかいだ。
彼らの実験で繰り返し確認されたのは、強い意志やセルフコントロールの努力を続けるのは疲れるということである。何かを無理矢理がんばってこなした後で、次の難題が降りかかってきたとき、あなたはセルフコントロールをしたくなくなるか、うまくできなくなる。この現象は、「自我消耗」(ego depeletion)と名づけられている。
これはよくMP(マジックポイント)に喩えられる。あるいは「限りある資源」にカテゴライズしてもよい。ともかく、自分の行動をある種の方向性に沿わせる(何かをする、何かをしない)ための力には上限があるわけだ。
消費MPの大きな魔法を連発してしまえば、後半には何も使えず、杖で殴り続けるしかなくなる。わりと絶望的な戦いだ。
ということを出発点にして、セルフコントロールとどのように付き合うのかを考えてみよう。
台本
まず最初に考えられるのが、「認知的負荷を下げる」アプローチだ。
これについてはチップハース・ダンハースの『スイッチ!』が参考になる。
スイッチ! |
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チップ・ハース ダン・ハース 千葉敏生
早川書房 2010-08-06 |
変化は新たな選択肢をもたらし、不確かさを生み出す。ひとつはっきりさせておくと、意志決定の麻痺を引き起こすのは、100種類のドーナツからひとつを選ぶといったような選択肢ばかりではない。あいまいさもそうだ。(後略)
行動に関する選択肢が多すぎてもいけないし、また各選択肢が曖昧であってもいけない。
選別された(その他の可能性が切り捨てられた)、具体的な行動のリストがあれば、認知的負荷は減少するだろう。できれば、最初の一歩目が提示してあるとより良い。悩む(つまり不確かさに戸惑う)可能性はさらに減る。
特に、やろうとしている行動が新しい(自分の生活に馴染みが薄い)行動であればあるほど、この効果は発揮されうる。
『スイッチ!』では、壮大な目標を日常的な行動のレベルに落とし込み、複雑な選択肢を仕分け、手軽な開始点を提案する行為を「大事な一歩の台本を書く」と名づけている。
これを一日レベルに置き換えれば、「デイリータスクリスト」になる。その日やる行動をリストアップし、それに沿って実際の行動を進めていく。朝起きて一番最初に行うこと(できれば負荷が少ないこと)を決めておくと、そのリストと仲良しになれる可能性は高い。
チェックリスト
上の考え方を推し進めれば、「チェックリスト」に突き当たる。
これはアトゥール・ガワンデの『アナタはなぜチェックリストを使わないのか?』が詳しい。
アナタはなぜチェックリストを使わないのか?【ミスを最大限に減らしベストの決断力を持つ!】 |
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アトゥール ガワンデ 吉田 竜
晋遊舎 2011-06-18 |
チェックリストは、記憶の喚起を助け、最低限の手順を示すだけでなく、医療レベルの底上げにも有効なことがわかったのだ。
信頼できるチェックリストが手元にあれば、認知的負荷は急激に低下する。
手順を思い出すために作業記憶の領域が使われることもないし、「これで大丈夫だったかな」と不安が心を占めることもない。
余計なアプリケーションを起動させなくても済む、ということだ。作業そのものに集中できる。つまり、一つの作業をこなすのに必要なセルフコントロールが小さくて済むようになる。メラのMPでメラミが撃てるようになるわけだ。ざっつ・ぐれいと。
ロボット
さらに「チェックリスト」の考え方を推し進めれば、「ロボット」にたどり着く。
私たちの脳内にある(つまり記憶されている)、自動化された一連の作業を指すある種のメタファーだ。「自動車運転ロボット」や「ブラインドタッチロボット」なるものが想定できる。
チェックリストとロボットの関係性については『スマホ時代のタスク管理「超」入門』を、ロボットについては『ロボット心理学』が面白い。
スマホ時代のタスク管理「超」入門 |
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佐々木 正悟 大橋 悦夫
東洋経済新報社 2013-01-25 |
「ロボット」心理学 ~[ネオフィリア] – なぜ、人は新しいものを求め続けるのか (impress QuickBooks) |
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佐々木正悟
インプレスコミュニケーションズ/デジカル 2012-06-29 |
見方を変えれば、脳内にインストールされたチェックリストがロボットと言えるかもしれない。あるいはアルゴリズムの方が近いだろうか。
どちらにせよ、ロボットを作るためには、反復が欠かせない。
本当に申し訳ないぐらい当たり前のことだが、何度も繰り返しやっている作業は認知的負荷が少なくなる(あるいは限りなくゼロに近づく)。バーン様のように、メラゾーマ級の火炎を放ちながら「今のはメラゾーマではない、メラだ」と言うことだってできるだろう。
トレーニング
これまでは、認知的負荷を下げる方向で考えてきた。別の方向からも考えてみよう。
MPが減少して魔法が使えなくなるのならば、MPの最大値を上げればいいじゃん?、というアプローチもありだろう。
それについてはケニー・マクゴニガルの『スタンフォードの自分を変える教室』が役に立つだろう。
スタンフォードの自分を変える教室 |
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ケリー・マクゴニガル 神崎 朗子
大和書房 2012-10-20 |
この本では、「意志力をアップするトレーニング」がいくつも紹介されている。たとえば、瞑想。あるいは運動。こうした行為を日常生活に組み込むだけでも、MPの上限はアップする。喜ばしい限りだ。
あとは、小さな目標を設定して、それをクリアしていくことでも「持続力」がついていくだろう。
チャージ
MPは宿屋で寝れば回復する。人間だって、朝一番は(二日酔いでない限り)やる気に満ちあふれている。
限りある資源とはいっても、使ったら未来永劫無くなるわけではない。時間(+休息)と共にそれは回復する。
だったら、寝てしまおう。ダンジョンの途中でテントを設置して休息を取ればMP不足に悩むことはない。
一日の途中で寝てしまうのだ。外山滋比古氏の『思考の整理学』では、一日に二回寝る方法が紹介されている。これは私も実施していたことがあって、一日が二分割されるような不思議な経験を味わえる。
思考の整理学 (ちくま文庫) |
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外山 滋比古
筑摩書房 1986-04-24 |
もちろん、仮眠でもよいだろう。あるいは、少しの間インプットを遮断して目を綴じるというのでも、「まほうのせいすい」ぐらいはMPが回復するかもしれない。
ファストタスク
上に書いたようなことを一切したくない、という場合は仕方がない。残すは戦略的にMPを使うアプローチのみだ。
ようは、後半戦はどうなってもいいから、どうしても倒したい敵に最大級の魔法をぶつける、というスタンスを取るわけだ。
消耗が起きる前、つまり目覚めた直後(あるいは食事前までぐらい)に、困難な(あるいは困難に感じる)タスクに取りかかるようにする。もちろん、戦いは苛烈をきわめるだろうが、一定の成果は得られるだろう。
一日の残りは杖で戦えばよい。そういう回し方で問題が起きないような仕事スタイルもきっとあるだろう。
さいごに
「頑張れば何とかなる」
というのは、控えめに言って幻想だ。いや、もちろん実際に頑張ることができれば何とかなるのだろうが、頑張れるかどうかが問題なのである。
おそらく若いうちほど、頑張ろうと思って実際に頑張れる確率は高く、加齢と共にその確率は減少していく。何かしらのMP戦略が必要だ。
この手の問題は、自己啓発として考えなくてよい。ゲーム攻略のような目で見つめればよいのだ。そうすれば、きっと楽しく感じるはずである。
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4 thoughts on “セルフコントロール力との付き合い方 あるいはMP戦略”