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【書評】ファスト&スロー(ダニエル・カーネマン)

「自分のことは自分が一番よく知っている」

この命題に力強く頷くことができるだろうか。

大抵の場合これは正しい。脳を直結しえないのならば、他人の内側を完全に知ることはできない。あなた自身について一番多く情報を持っているのはあなたである。それは間違いない。

「他人なんて、私のことを3%も理解できていない」

そう嘆きたくなる気持ちも出てくるだろう。でも、その嘆きは虚しく響き渡る。

自分だって、自分のことを5%しか理解できていないかもしれないのだから。

概要

本書は認知心理学者ダニエル・カーネマンの集大成とも呼べる一冊(というか二冊)である。上下巻の大著であり、そのボリュームに見合う内容だ。

ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか?
ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか? ダニエル・カーネマン 友野典男(解説)

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ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか?
ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか? ダニエル・カーネマン 友野典男(解説)

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本書では、行動経済学の基本的な考えと理論が全5部38章にわたって語られていく。

副題は「あなたの意思はどのように決まるか?」。つまり人間の意思決定についての話である。もっといえば「考える」という行為を深掘りした内容と言えるかもしれない。

プロスペクト理論、アンカリング、代表制ヒューリスティック、保有効果、利用可能性ヒューリスティックなど、行動経済学でお馴染みの知見が一つの視点でまとめられている。

同じ行動経済学に関する本の『予想通りに不合理』シリーズに比べると、少しお堅い印象は否めない。しかし、学術的すぎて取っつきにくい、とまでは言えないだろう。ややギリギリ感は漂うが。

また、日常的にこの知見がどのように使えるのかという実際例の話もそれほど多くない。ただ、この分野の知識を一通り仕入れたい場合なら、本書が役に立つだろう。

行動経済学って

行動経済学の基本的な考え方は難しくない。

まず、私たちはヒューマンであってエコンではない、という点。

エコンとは経済学がモデルとする人間だ。その人間は完璧な合理性を持っている。ある種の価値観に沿って一貫した行動を取る。選好がぶれない、と言い換えてもよいだろう。

対してヒューマンは現実の私たちだ。完璧な合理性とはほど遠い存在である。選択肢の順番や文章の表現が変わっただけで、選好が変わってしまう。エコンの目には愚か者のように映るだろう。

しかし、エコンは一種の理想人間であり、この世界には存在しない。ヒューマンが地球上を埋め尽くし、その経済活動(や日々の決断)を行っている。

二つのシステム

さて、ヒューマンのその性質はどこから生まれているのか。それが本書が提示するシステム1とシステム2という二つの存在だ。

システム1

システム1は自動運転であり、速度がとても早い。「ファスト&スロー」のファスト担当だ。

並べられた二つの物体を見ると、どちらがより遠い方にあるのかという印象が即座に生まれてくる。
声を聞けば、機嫌が悪そうだなとすぐにわかる。
冷房の効きすぎた部屋に入れば悪寒を感じるし、ツキノワグマに遭遇すれば恐怖心が湧き上がる。

どれもこれも、自動的な反応だ。起動に意識の介在は必要ないし、逆に止めることもできない。

システム2

システム2は、スロー担当だ。私たちが意識的に働かせる何かであり、その速度は遅い。

複雑な方程式に取り組んでいるときは、2+2の答えを瞬時に口に出すのとは違った脳の働きが必要だ。ウォーリーを探すのも、この文章中に何回「とき」という言葉が出てくるのかを数えるのも、確定申告書を記入するのも、システム1では手に負えない。

システム2は慎重で複雑な行為が行える分、そのコストは高くつく。しんどい、疲れる、MPを使う、努力が必要、といったことだ。

システム2だけだと、速度が遅く、脳が支払うコストが大きい。しかしシステム1だけだと慎重で複雑な行為は行えなくなる。

私たちの脳は、この二つを適宜使い分け、全体を最適化しようと試みている。つまり脳はハイブリッドシステムなわけだ。

システムに潜むエラー要素

私たちの日常生活を振り返ってみるとわかるが、このシステムは非常にうまくできている。

毎日遭遇するような出来事はシステム1が意識の力を使わずに処理し、新しい出来事・難しい問題に遭遇したときシステム1はシステム2を呼び出し「ちょっと、これ頼むわ」とパスを渡す。システム2は「しゃーないでんな」と言いながら問題解決にあたる。効率的な運用だ。

が、完璧とはいえない。そこに、ヒューマンの特徴が生まれてくる。

システム1の性格

システム1の問題点は出しゃばりなところだ。

本来システム2を使わなければいけないような場面でも「よっしゃ、いっちょやったるか」としゃしゃり出てしまう。あるいはシステム2に問題を渡すときに「これについて、ワシはこう思とります」と余計な先入観を与えてしまう。

システム2の性格

システム2だって問題がないわけではない。極度の面倒くさがりなのだ。

余裕のあるときは、税務署員のように隅から隅までチェックするのだが、ちょっと忙しくなってくると「まあ、ええか」という感じで問題を解決してしまう。その時システム2が利用するのは「これについて、ワシはこう思とります」というシステム1の印象だ。その印象に基づいて、それに見合う資料を引っ張り出し、体裁を整えた上で「システム2チェック済み」というハンコを押してしまう。

すると「ちゃんと考えたようにみえるけども、単に印象に合理性の飾り付けをしたもの」が生まれてしまう。これがエラーの元である。

行動経済学は、こうしたエラーに体系的なパターンを見つけ出す。そして(存在しうるなら)その対処法を考える。実に興味深い分野だ。

人間の意志決定に興味がある人、あるいはそれに関わるビジネスをしている人(何かを売ったり、買ったりする人)には何かしら面白い知見が見つかるだろう。

さいごに

一般的に私たちが「自分」という場合、それはシステム2を指していることが多い。今この文章を読んでいる”あなた”はシステム2の働きによって生成されているわけだ。

何かを選んだり、拒んだり、決断したりしている(という風に感じる)自由意志はシステム2に属する。なんだったら理性もそこに加えてもいい。

でも、そのシステム2はシステム1の影響を多分に受けている。

こう考えてみよう。象使いがシステム2で、象がシステム1だ。その二つが組み合わさって「象ライダー」(スライムナイトのようなもの)が生まれる。

でも、象使いは象がどのようなものであるか分かっていない。象使いが知っているのは象使いのことだけだ。5%というのは、つまりそういうことである。

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