0-知的生産の技術

苦労話の聞き方

集団に関する、とある心理学の実験があります。

二つの集団がある。害も大義もない平凡な集団。
この二つの集団はまったく同じものとする。違いは集団に入るための方法。
Aの集団は、簡単に入れる。もう片方のBは、面倒で苦痛で屈辱的な労力を支払う必要がある。

この集団に入った後に、その集団を評価してもらいます。どれほどその集団に価値を認めるのか、ということですね。

結果は、Bの方がより高い心理的評価を得ました。

認知的不協和の解消

これは認知的不協和を説明する際に用いられるお話です。

つまり、「あんな苦労をして入ったのだから、この集団はすばらしいに違いない」と思うわけですね。この心のセリフには隠された続きがあります。「(でなければ、あの屈辱的な集団儀式をやった意味がないじゃないか)」。

片方に苦労した体験があり、もう片方にごく普通の集団がある。このアンバランスさを脳は嫌います。脳は無意味を嫌う、と言い換えてもよいでしょう。

苦労した体験についての記憶を「それほど苦労していなかった」と修正することもできますが、苦労した記憶ほど脳に刻まれやすいことを考えれば、それが大仕事になることは間違いありません。

むしろ、現時点での集団への評価を修正したほうがつじつま合わせは簡単です。なんといっても心理的評価は簡単に動くものです。

この話を土台にすると、「成功者の苦労話」をどう聞けばいいのかが見えてきます。

成功者の視線

ある程度経験を経た「成功者」がいるとしましょう。彼(とりあえず男性で)が「成功」している──何かの地位についている、何かを生み出した、何かの評価を得ている、何かの資産を持っている──というのは一つの事実です。つまり、動かしにくい要素です。

さてその彼が、過去の経験を振り返るとどのような風景が広がるでしょうか。先ほどとは逆向きの効果が発生します。

おそらく彼の目には、過去の体験の大半は「有用だった」ものに見えてくるでしょう。だってそうでないとつじつまが合いません。認知的不協和が発生してしまいます。

彼が「成功」している事実は動きませんが、彼が過去に体験してきたことの心理的評価は簡単に動かせます。つまり、本当に有用だったかどうかは別として、有用に感じられるのです。

これはさらに、苦労が大きかった体験ほど想起されやすいことも合わせて考える必要があります。

脳が持つバイアス

人間の脳は、因果やストーリーをこしらえずにはいられない性質を持っています。

全然なんの関係もない要素が並んでいても、「これこれこうだったから、こうなったんだ」という考えが出てきやすいのです。

さらに「保有効果」というものもあります。自分が持っているものは、そうでないものよりも高い価値を置いてしまうのです(売り家が希望価格でなかなか売れない理由)。自分の人生の体験だって、この保有効果に引っかかってしまうことはあるでしょう。

さらにさらに「利用可能性バイアス」というものもあります。簡単に言えば、思い出しやすいものほど、もっともらしいく感じたり、頻繁にありそうだと感じる傾向です。

自分が一番思い出しやすい経験は、もちろん自分の経験です。というか、なかなか他人の人生の経験を知ることはできません(だから読書は面白い)。

さいごに

これらを合わせて考えると、「成功」した人の

「こんな苦労をしてきたら、今の成功がある」

的な話は言葉通り話半分に聞いておくのがよいでしょう。

前者の部分(こういう体験があった)は真実でしょうが、後者(だからここまでこれた)の因果関係はかなり眉唾です。少なくとも一定の留保は必要でしょう。

最後に、ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』に出てくる文章を一つ。

逆説的に聞こえるが、知っていることが少なく、パズルにはめ込むピースが少ないときほど、つじつまの合ったストーリーをこしらえやすい。

実はその人が思いも付かないような何かが因果の引き金になっている可能性は十分にあり得ます。

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