執筆法

「」

タイトルは慌ててリターンキーを押してしまって、途中で送信されてしまったミステイクではない。

カギ括弧が本稿のテーマである。

先日、以下のブログ記事を拝読した。

鍵括弧が付く新しさ」(23-seconds blog)

直感的に、こうした鍵括弧はおそらく、言外の何かの意味を読み手に汲み取らせようとして、書き手が配置するものなのでしょう。言外の意味について述べるのは難しいことですが、きっとそうです。

そうだとすると、ここで言うような鍵括弧を持ち出して文章を連ねていくことには、書き手の怠慢と言いますか、読み手への甘えと言いますか、そういったものがあるように感じられます。何かを伝えようとしているにも関わらず、肝心なところは、語らずして察してもらおうとしていることになるためです。

なるほど、と頷きを禁じ得ない。なんといっても、カギ括弧を連発するのが当Blogである。自分で推敲していても、カギ括弧を消すことが多い。気楽な気持ちでホイホイ使っている証拠だ。

もしかしたら、読み手への甘えが含まれているのではないか、と自省するためにも私のカギ括弧の使い方を点検してみよう。

使用意図1:会話文の提示

これは説明不要だろう。いちいち解説を書いていたら、

「そんなこと書く必要なんて、これっぽっちもありませんよ」

と誰かに言われてしまう。ようはこういう使い方だ。

基本的に会話文は独立したパラグラフで使う。

使用意図2:内的つぶやきの提示

上の応用例。誰かに対しての言葉ではなく、「俺は一体何を言っているんだろうか」という感じで、自分の心に浮かぶ内的会話を表現するために使う。

上とは違って、文章中に組み込まれることが多い。

使用意図3:題目

当記事の冒頭にあげたように、ブログ記事のタイトルなどはカギ括弧で括る。

その他ゲームのタイトルとか、曲名も同様。

使用意図4:特別な意味

言葉通りではない、ということを示す使い方。

例を挙げると、

僕は「作家」ではありません。

という使い方。

もし表現を変えるとすれば、

僕は、いわゆる作家ではありません。

となる。

読み手として比較してみると、

  • 僕は「作家」ではありません。
  • 僕は作家ではありません。

という文章から汲み取れるものは違う。

これが「23-seconds blog」さんが警戒感を提示されている使い方であろう。

カギ括弧が付いていることで「作家」は作家とは違うんですよ、というニュアンス自体は伝えられているが、それがどのように違うのかは明示されていない。そこは読者任せなのだ。

書き手としては、二つの言葉が違うということだけを示せればそれで十分、という意図もあるだろう。特に文字数制限のあるメディアであればそういうトリアージも必要になってくる。

あるいは、カギ括弧を使った上で、その二つの言葉がどう違うのかを説明するという手法もある。そこは書き手の選択だ。

使用意図4:特別な意味:メタファー

似たような使い方で、メタファーを提示する場合にもカギ括弧を使うことがある。

たとえば、

これは誰かとの会話ではなく、心の中の自分との「会話」なのです。

という場合がそれだ。

上の文はカギ括弧なしでもまったく問題なく成立する文章だが、それがメタファーであることが理解されないといろいろややこしいことが起こりそうだと予見できる場合は使っておいた方が無難かもしれない。

使用意図5:強調

その言葉をより目立たせたい場合に使う。アクセントのようなもの。

よくあるのが、

この場合、もっとも重要なのが「時間の使い方」です。

という感じの文章。特別な意味もないし、メタファーでも会話文でもないのだが、私はこれをよく使う。

せっかくHTMLなんだからBタグとかSTORNGタグを使えばいいのだが、なんとなくカギ括弧を使っている。

使用意図6:可読性を上げる

単純に読みやすくするためにカギ括弧を使う場合。

一つの文章が長くなり、そこに複数の名詞が並んでいると読みにくさが上がる場合がある。漢字密度が高くなることもあるが、それよりもひらがなばかりになってしまうことがやっかいだ。

これを、

一つの文章が長くなり、そこに複数の名詞が並んでいると読みにくさが上がる場合がある。漢字密度が高くなることもあるが、それよりも「ひらがな」ばかりになってしまうことがやっかいだ。

こうすると多少読みやすくなる。

本来的にはカギ括弧を使わずに文章そのものをリライトした方がスマートである。

使用意図6:可読性を上げる:反復による強調

二つのコラボ技、というほどではないが、重複した効果を狙っている場合がある。

最初の方でカギ括弧付きで強調しておいたものが、文章の後の方にもたびたび出てくる。そういう場合、カギ括弧付きの言葉はそれ単体で認識されやすいので、以前に使われた言葉であることがより強く印象づけられる。

これは文章全体において機能するものなので、参考文を上げるのはやめておく。過去記事をいくつか再読していただければそういう使い方をしているものが見つかるかもしれない。

さいごに

基本的にカギ括弧はなんとなく使っていることが多い。かっこよく言えば直感である。

今回改めて振り返ってみて、結構いろいろな意図で使っていることがわかった。

最大の問題は、その意図がちゃんと機能しているのかどうか、ということだろう。

力の分散が一つ一つの機能低下をもたらすことが考えれば、もう少しカギ括弧の使い方を自重したほうがよいのかもしれない。

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