前回:365日の書斎:#14 作業机の秩序と混沌
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別件で読み返していたら、『知的生産の技術』に書斎についての興味深い記述を見つけた。たった2ページほどだが、大変示唆に富む内容である。
知的生産の技術 (岩波新書) |
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梅棹 忠夫
岩波書店 1969-07-21 |
著者の梅棹氏は、知的生産空間を以下の4つに分けよ、と提示する。
- 仕事場
- 「事務所」
- 資料庫
- 材料おき場
それぞれについては後述するが、これらは機能別に空間を切り分けていると言えよう。
その切り分けは、「この場所は○○するところ」ということを明示するだけではなく、「今自分は○○をやっている」をも無意識のうちに自覚させる効果がある。
つまり、機能における空間の整理が、心理的な整理にもつながっているということだ。
それについて書くまえに、まずは注意点から確認してみよう。
注意点:一室でも良い
梅棹氏は以下のように述べている。
こういうと、知的生産のためにはたいへんひろい空間が必要なようにおもわれるかもしれないが、そうではない。問題は、ひろさではなくて、空間の機能分化である。一室きりの書斎のなかだって、これだけの区別をつくりだすことはできる。
それぞれに一室を当てなければいけない、ということではく、「この場所は、仕事場。この場所は資料庫」という風に切り分け区画を作れということだ。もちろんそれは認識上の切り分けなのだが、それを発生させるために物理的な切り分けを作ることは重要である。
さらに梅棹氏は続ける。
仕事のための机と、事務のための机と、本棚およびオープン・ファイルの棚と、あとは材料のおき場をかんがえればよい。机は、仕事用のと事務用のと、できるだけはなして、ふたつあったほうがいいというのが、いまのわたしの意見である。
二つの机を持つこと。これが物理的な切り分けということだ。本机とサイドテーブルという分け方もできるだろう。
こうして分けておけば、本机に向き合っているときは「仕事」をしているとき、副机に向き合っているときは「事務」をしているとき、ということが非陳述的に示される。別の角度から見れば、一日一時間は仕事用の机に向かうようにする、というのを生産性の指標にすることも可能だ。
ダブルデスク方式の問題点
このダブルデスク方式は非常に有用な考え方ではあるが、問題がないわけではない。
まず第一に、そもそも二つも机を置くようなスペースがない場合があるだろう。こればかりはどうしようもない。
できるだけ広い机を確保し、左右で作業領域を切り分ければギリギリなんとかなるかもしれない。
が、この問題はそれほどゆゆしきものではない。本当に問題なのは二つ目、つまり事務作業の電子化である。
今年に入って二ヶ月ほど経つが、私が紙の書類を触ったのはプリントアウトした確定申告書だけである。それも、源泉徴収に関する書類を糊付けし、内容を確認して押印しただけだ。それ以外の事務的な処理は、ほぼパソコンの中で(あるいはiPadの中で)完結してしまっている。
このような状況で物理的な机を切り分けて何かしら意味があるのだろうか、というのが検討したい課題である。
もちろん、デスクを二台準備し、その両方にパソコンを設置すれば、ダブルデスク方式は実現できる。片方は仕事用、もう片方は事務用と使い分ければよいだろう。おそらくそれに近いことをしている人もいるはずだ。データがクラウドにあれば、いちいちあっちのパソコンからこっちのパソコンへという手間もかからない。
これはこれで良いのだが、コストがかかる点と、机を置くスペースがもう一つ必要な点は、依然として問題である。
では、もう少し踏み込んでこのダブルデスク方式の本質に迫ってみよう。
仕切りが生むもの
ダブルデスク方式の肝は、この連載で書き続けてきた「書斎」の本質に通じるものがある。
以下は、梅棹氏が仕事場について書いている部分だ。
そこがわたしの、ほんとうの聖域であり、密室である。わたしの、知的生産活動のもっとも創造的な部分は、そこで行われる。
「事務所」と切り分けることで、仕事場は執筆したり、読書したりする空間に純化される。純化され日常の雑務から切り離された空間は祝福を受けることで、自己との密談を行うのに最適な場所へと変化する。
機能特化させることによって、空間に文脈が生まれるのだ。
実はこれは、機能するチェックリストやタスクリストの要件(ノイズが入っていないこと)にも通じる話である。つまりは、統合的な整理の概念へと話はつながっていく。
上の話はやや込み入っているので、ごくごくシンプルに言ってしまうと、はっきりと線引きすると何かが生まれる、ということだ。その何かは確かな効果を持っている。逆に言えば、線引きは注意して行う必要があるとも言える。効果があれば、副作用もあるのだから。
eダブルデスク方式
さて、電子時代のダブルデスク方式はどうなるだろうか。
実はMacだとそれほど難しくはない。OSに標準装備されている「Mission Control」はまさにダブルデスク方式の体現である。
※実際二つではすまないのでxデスク方式とでも呼んだ方が適切かもしれない。
仕事用のスペースと、事務用のスペースを分けておき、それぞれの作業を行うときに使うデスクトップを分ける。壁紙でも変えておけばより一層効果的だろう。
あるいはもっとざっくりとログインするアカウントを切り替えても良い。仕事用のアカウントには、遊び的要素を一切排除しておけば、心理動線がぶれる心配もない。
私の場合であれば、ブラウザを二つ使うようにしている。一つはFirefox。もう一つはChrome。実際この二つは「仕事」と「事務」ではなく、「作業」と「遊び」という感じだが、ツールに文脈を持たせている点は共通している。
4つの部分空間
ずいぶん遠回りをしてきたが、最初に上げた4つの部分空間について簡単に紹介しておこう。
仕事場
仕事をする場所。仕事だけをする場所。物書きであれば、執筆と読書を行う空間になるだろう。
知的生産のジャンルによって、行われる業務は異なる。が、それしかしない点とその業務が何かしらの生産と結び付いている点は共通するはずだ。
「事務所」
事務仕事全般を行う場所。カギ括弧付きなのは事務場だと意味が通じにくいが、単に事務所だと専用の建物を連想してしまうからだろう。あくまで、一つの空間でよい。
たとえば、仕事場と「事務所」の空間の違いは、BGMの違いとして感じられるかもしれない。音楽を聴きながら文章を書けない人は随分多いようだが、毎月の経費の計算は好きな音楽をかけながらでもないとやっていられないだろう。
あるいはこういう視点もある。ある人が「仕事場」にいるのなら話しかけるのは遠慮したほうがいい。だが「事務所」にいる場合はそうではない。
資料庫
書庫(本棚)、及びオープン・ファイルのこと。
「オープン・ファイルってなんじゃらほい?」という方は『知的生産の技術』を読んでいただきたい。ここでは、資料を保管するもの、ぐらいの説明に留めておこう。
材料置き場
私が書斎について検討していた中で、ぽっかり抜け落ちていたのがこの材料置き場である。
材料というのは情報の材料ということではなく、情報カードや原稿用紙のストックを指している。当然それらも、必要になった際すぐに取り出せるようにしておかないと具合が悪い。
昔に比べると、電子媒体への移行でこうしたもののストックの必要性はずいぶん減っているが、まったく無用というわけでもないだろう。
さいごに
今回考えたことを大きく引いて眺めてみると、次の二つにまとめられる。
- ある種の工程に、どのような作業が含まれているのかを見極める
- そして、その作業に適した空間を設定する
当たり前の話だが、空間を機能ごとに分けるためには、どのような機能が必要なのかを見極めなければいけない。その自問こそが仕事効率の向上を生み出す鍵と言えるかもしれない。
もちろん、この空間は物理的な空間には限らない。私たちが認知する空間、つまり心理的なものを含む「空間」である。
蛇足として付け加えれば、ノマドのようなワークスタイルが生まれたことで、書斎の必要性が減じた、ということはなく、むしろいろいろな場所に「書斎」のような空間を持てるようになったという風に捉えた方がよいだろう。
▼こんな一冊も:
あたらしい書斎 |
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いしたにまさき
インプレスジャパン 2012-09-21 |
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