デイリータスクリスターはゴリラに気がつくのか

心理学のこんな実験がある。

被験者はビデオテープを見せられる。コートの中で人々がパスを回し合っている映像だ。パスの回数を数えください、と被験者は言われ、ぎゅっと集中して画面を見つめる。なにせパスは結構早いのだ。被験者が必死にパスの回数を数えている間、ノソノソとコートにゴリラ(の着ぐるみを装着した人間)が現れ、いかにも「俺はゴリラだぞ!」というアクションを行い退場する。

50%の被験者がその異様なゴリラの存在に気がつかなかったそうだ。

『ビジョナリーカンパニー4』に、こんな文章が出てくる。

われわれがどうやって日常生活を送っているのかと言えば、目の前にある計画や予定をこなすだけで時間の大半を費やしているのではないか。仕事リスト一覧の中から終えた項目に印を付け、大プロジェクトの進行状況を示す工程表を定期的にチェックし、時間内に片付けなければならない課題にひっきりなしに追われている……。

後ろにカメラが付いているのかと振り向きたくなるぐらい、私の仕事環境に類似した描写である。

著者らは次のように続ける。

こんな状況下では目の前にゴリラが現れても簡単に見過ごしてしまうだろう。

さて、はたして本当にそうなのだろうか。デイリータスクリスターはゴリラに気がつかないのだろうか。

そんなリストで大丈夫か?

デイリータスクリスターとは、日常的にデイリータスクリストを使って仕事を進めている人のことだ。もちろん、私の造語である。

では、デリイータスクリストとは何か?、についてはすでに二回に分けて書いた。

朝一にその日のタスクリストを作り、その日はそれに沿って作業を進めていく。そういうスタイルである。

こういう手法を提示すると、すぐさま一つの反論が立ち上がってくる。

「リストのことだけやっていて大丈夫なのか?他にやるべきことがあったらどうするんだ?」

こんな反論である。これについては、次のように答えられる。

「それをやっていれば大丈夫」というものをリストアップするのがデイリータスクリストである。つまり、デイリータスクリストに掲載されている作業だけをこなしていれば、原則的に問題はないはずである。もし、大丈夫でないとすれば、リストが不完全・不十分だと言える。

また、他にやるべきことが発生したら、それに取りかかればよい。リストは別に行動に制限を付ける装置ではない。必要に応じて実行順位を付け替えたりすることは、ごく普通に可能である。

これはこれで良いとして、もう一つ大きな問題がある。それは

「もっと大切な作業に気がつかないことは起こりえないだろうか?」

ということだ。つまりゴリラを見逃す可能性だ。

見逃しません、ゴリラ

家が火事になっても、リストの作業を夢中でこなしていたら逃げ遅れた。なんていうのは質の低いジョークでしかないが、もしかしたら緊急度合いが低い状況でそれと似たようなことが起きているかもしれない。

なにせ認知資源は限られていて、一つのことに注意が向くと他が疎かになる。すれ違う美人に見とれていたら電柱にぶつかった、なんてことは・・・たぶんあんまりないだろうが、似た構図の出来事はいっぱいある。なにせ異様なゴリラすら見逃してしまうのだ。

だったら、デイリータスクリスターがその他の重要な出来事を見逃してしまう可能性もあるのではないか。

先に結論を書いておくと、答えはNoだ。

むしろ、デイリータスクリスターの方がゴリラを見つけやすいとすら言える。

何に集中しているのか

まず最初に確認しておきたいのは、別にデイリータスクリスターはリストに注意を向けているわけではない、ということだ。リストそのものに認知資源が使われているわけではない。というか、次にする作業を決定する際、不必要に認知資源を使わないためにリストは存在している。

実際の認知資源使途は作業への集中だ。リストがあるからこそ、目の前の作業に没頭することができる。少なくとも、この状況に反対意見を挙げる人はいないだろう。パスの数は正確に数えなければいけない。

そうして没頭して作業を終えたら、再びリストに戻ってきて、次にする作業を決める。リストを前にすると、集中モードからは解放される。全ての作業を記憶する必要もないので、作業記憶が圧迫されることもない。より落ち着いた状況で、全体を見渡せる。

つまりはこういうことだ。

あなたは目まぐるしく繰り返されるパスの数を数える。で、2分ほど経ったら映像をストップし、手近な紙に「25回」と書き付ける。そして再び映像をスタートさせる。数字を書きとめ、「さて、パスの回数を数えに戻るか」という状況ならば、ゴリラの姿を見逃すはずはない。リストの勝利だ。

閉じたリストがもたらすもの

私たちが作業をするときは、作業に集中しなければいけない。その他のことは考えずに(認知資源を使わずに)、目の前の作業に没頭する。そうすれば、作業効率は大幅に高まるだろうし、そもそもそういう状況でないと為し得ない高難度の作業もある。

しかし、作業に集中しているばかりだと、全体が見渡せず、もしかしたら必要かもしれないその他の行動にまで思いを巡らせる余裕は欠落する。

リストはその余裕を底上げしてくれるのだ。

だが、ここで使うリストは閉じていなければいけない。閉じるとは(原則的に)新しい要素が追加されない、ということだ。そうでなければ、結局「今何をなすべきか?」を毎瞬間考えなければいけない。その判断には認知資源が使われる。これでは、リストが無いのと変わりない。

さいごに

デイリータスクリストを持つことで、二つのモードを使い分けることができるようになる。一つは集中モード、もう一つは俯瞰モード。

集中モードの時はゴリラに気がつかないが、俯瞰モードではばっちり発見できる。

もちろん、それぞれのモードの中間ぐらいの曖昧モードでもゴリラは発見できるだろう。しかし、パスの回数を数える精度は落ちる。それはあまり望ましくない。

ここで「ああ、またかよ」と言われるのを覚悟して書くと、デイリータスクリスターというのは、ハイブリッドなモードを使い分ける仕事スタイルなのである。

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