「先送りの何がいけないんですか?」

と言われたら、一体何と答えるだろうか。

私たちは何となく「先送り」を悪者のように捉えてしまう。

でも、それは本当に悪者なのだろうか。いや、言いたいことはそういうことではない。

本当に問題なのは一体何なのか、ということだ。

先送りに関する思考実験

思考実験をしてみよう。

「先送り」が禁止されていて刑事罰が下るような世界では、どんな生活が繰り広げられるだろうか。SF的色づけをすれば、脳をちょこっとばかり改造して、人が「先送り」できないようにしてみるのもいい。

どちらにせよ、人はやろうと思ったことはすぐさま実行することになる。そして最後までそれを成し遂げる。

実に素晴らしい。

本当に?

スーパーに買い物に行く。おや、卵が売り切れだ。卵を買いに来たのだから、卵を買って帰らなければいけない。「明日買おう」なんてとんでもない。棚に並べられるまで待っておかなければ・・・

いつまでたっても買い物が終わることはないだろう。私たちは日常のあちこちで「先送り」を行っている。それは、予想外の現実と折り合いを付けるための有効な手段なのだ。

だから、先送りそのものは悪者ではない。彼に敵意の目を向けていると、本当の問題が見えにくくなる。目標を見誤れば、射撃が成功することはない。

じゃあ、本当の問題とはなんだろうか。

問題その1:絶対にやるべきこと

「先送り」に潜む問題の一つは、「その日絶対にやるべきこと」をやらない、ということだ。

卵は次の日買えばよい。しかし、結婚記念日のプレゼントはそうはいかない。期限・締め切り・タイミングと表現はなんでもよいが、そこまでにやらなければいけない線というのが存在していて、そこを超えるとやっても意味がない、あるいはほとんど意味がないことになってしまう。

逆に言えば、それ以外の行動は卵のように先送りしても構わないし、先送りすべきことも多い。

だから、私たちは「その日絶対にやるべきこと」は実行し、そうでないことは先送りしても大丈夫、ということになる。

一見この問題は簡単そうに思えるが、実際スペランカー程度には難しい。

二日後結婚記念日だったとしよう。明日は会議と打ち合わせと外回りと新人の歓迎会で終電まで飲み会、というのが決定している。プレゼントを買うべきタイミングはいつだ?

今でしょ!

二日だけなら話は簡単だが、もう少し長くなると人の記憶力では対応できなくなる。ともかく、「その日絶対にやるべきこと」は直感的にすぐわかるものではない、ということは言える。自分のスケジュールを外部記録装置に預け、それを客観視できる環境が必要である。

問題その2:「先送り」できていない

二つ目の問題がこれだ。先送りしているのに、先送りできていない?謎かけのようだが、そんな奥深いものではない。ごく単純な話だ。

再びスーパーの卵売り場。売り切れた卵。明日買う決断。そして、翌日。卵売り場を軽やかに通り過ぎるあなた。もちろんカゴには卵なんて1パックたりとも入っていない。そう、すっかり忘れてしまっているのだ。

「明日買おう」と思う。そこまではいい。オールグリーンだ。しかし、それはメールを書いて、送信ボタンを押しただけのようなものだ。実際に送信されたかどうかはわからない。もしかしたら、インターネット接続が切れているかもしれない。あるいは、送信先のアドレスがgmialとかになっちゃっているかもしれない。

つまり、先送ろうと試みたものの、それが成功してないということだ(なにせ次の日に買うのを忘れてしまっているのだから)。

適切に「先送り」しようと思えば、先送られた相手、つまり未来の自分がそれを「後受取り」(と呼ぶのかどうかはしらないが)できるようにしなければいけない。そこを記憶頼みにするとかなり危うい。

「これは明日やろう」と思ったのならば、明日の自分がきっちりとそれを想起できる仕組みを作っておく必要がある、ということだ。これができていれば、先送りは有効な手段へと変身しうる。

問題その3:エレベーターは満員です

問題の3つめ。タスク管理がうまくできていないと起こりがちな問題でもある。

エレベーターがあるとしよう。一台だけのエレベーターだ。その前にはたくさんの人が群がっている。先頭の方にいたあなたは到着したエレベーターに乗り込もうとする。何せ人が多いので中に入るのですら一苦労だ。あなたが足を踏み入れると、ブブーっと不吉な音が鳴り響く。沈黙が浸透するエレベーター内。そして向けられる視点。「次のエレベーターにします」、そういってあなたは下りる。

再び到着するエレベータ−。必死に乗り込むあなた。響き渡るブザー。「次のエレベーターにします」。エンドレスリピート。

次の日に送ったタスクが、また次の日に。そしてまた次の日に・・・。もし、このタスクがコミットメントを持っているものならば、幸いだ。どこかの時点で切羽詰まって(時には徹夜を覚悟して)実行されることになる。しかし、それを実行しなくても誰にも怒られないのならば、永遠の次の日ループに嵌り込んでしまう。

しかし、考えてみると、これは「先送り」に問題があるわけではない。エレベーターが満員なのが問題なのだ。

問題その4:時間が空いたらやろう

これまでに出てきた問題の複合とも言えるが、「時間が空いたらやろう」という決断は、さまざまな意味において先送りとしては不完全だ。

まず、忙しい私たちの人生においてまとまった時間がぽっかり空く、なんてことは本当に稀だ。「これが終わったらちょっとは楽になる」と思っていた矢先に新しい仕事が(あるいはトラブルが)なんてことは珍しくないだろう。

現代においては、わりと意識的に空けないと時間というのは空いてこないものだ。その意味で、受け身的な「時間が空いたら〜」という仮定は、実行されないという結果しか導き出さない。

が、奇跡的に時間が空いたとしよう。何かの都合でぽっかりとまとまった時間があなたの目の前に広がった。その時、果たして「時間が空いたらやろう」と思っていた行動を思い出すことができるだろうか。時間が空いたタイミングが2ヶ月とか3ヶ月先ならば、相当に難しいだろう。

「明日やろう」という決断は、明日のカレンダーに書き付けることで先送りが可能である。

では、「時間が空いたらやろう」は、どこに書き込めばよいのだろうか。

さいごに

今回は「先送り」について考えてみた。

総合的にみると、以下の3つのポイントが重要そうだ。

  • スケジューリングを把握する
  • タスクの見極めを行う
  • 適切なリマインダーを設定する

これらがきっちり出来ていれば、「先送り」はワケの分からない悪漢ではなくなる。

ちなみに、「適切なリマインダー」は、それ自体にかなり難しい問題が含まれていることは「問題その4」でも少し触れた通りだ。カレンダーだけではちょっと力不足かもしれない。

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